未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
202

漕ぎ出そう!読み、知り、書くという冒険へ ~冒険研究所書店と本屋・生活綴方の物語~

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
一部写真提供:荻田泰永、本屋・生活綴方

未知の細道 No.202 |25 January 2022
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#10誰でも本を作れるはずだ

SOSを受け取ったのは、妙蓮寺のまちの不動産建築の『住まいの松栄』だった。建物の老朽化や書店の経営状態の話を聞いた『住まいの松栄』の人々は、また別の人物にも応援を求めた。近隣でひとり出版社「三輪舎」を営む中岡祐介さんである。

三者の思いは一致していた。
町に本屋がないなんて寂しい。町に本屋を残そう。
こうしてクラウドファンディングによる『まちの本屋リノベーションプロジェクト』が立ち上がった。プロジェクトのコアメンバーは石堂さんと、『住まいの松栄』そして、中岡さんである。

厳密に言うと中岡さんは隣の駅の菊名に住んでいた。石堂書店との出会いは2011年の3月11日、つまりは東日本大震災の夜のことである。勤め先の横浜から自宅の菊名まで歩いて帰宅しようとしていると、灯りがついた本屋があった。それが石堂書店だった。
「その日、まるで何事もなかったかのように営業していたので、思わず寄ってみました。いい本屋だなあと思いました」

出版社・三輪舎を運営する中岡祐介さん。

こうして、石堂書店は200万円ほどの資金と多くの人のサポートを得て、新たなスタートを切った。このとき、にわかに注目が集まったスペースがある。それは、商店街から石堂家の自宅に通じる幅3メートルほどのコンクリートブロックに囲まれたスペース。一時期は倉庫として使われていたが、もう20年近くデッドスペースになっていた。

クラウドファンディングを行った時は、ここをコミュニティスペースにしようというアイディアがあった。近隣のお店から飲食物を持ち込んだり、イベントを行ったりしながら、人が集まり交流できるスペースだ。もともと使われていないスペースだと思えば十分に良さそうな気もするが、そこに「待った!」をかけたのは中岡さんだった。
「いや、だって、コミュニティスペースでは売り上げはあがらないですよね」
た、確かに……。

この時、中岡さんが提案したのが、本屋を作ることだった。
「石堂書店の問題は経営なんだから、もうひとつ本屋を作ったらどうだろう。詩集とかエッセイとか、横浜市内では取り扱いが難しいものをあえて積極的に取り扱う。文化度が高い町にふさわしい一流の本屋を作ろう」と提案した。

ええと、本屋の経営が厳しい場所でさらに本屋をやるというのは、本当にソリューションなんでしょうか?
「もちろん、僕にとってこれは挑戦ですらなかった。絶対に上手くいくと思ってた」
中岡さんは自信に満ちた顔で答えた。

新しい本屋は、中岡さんの発案で「本屋・生活綴方」という名前に決まった。これは大正時代に発生し、発展を遂げた「生活綴方運動」に由来する。簡単に言えば、文章表現や文章を書くことによって、ものの味方や考え方を深めていこうという運動である。「綴る」という言葉には、書くと意味と綴じるという両方の意味がある。せっかく新しい店を始めるのならば、本を書いて本を綴じる、そんな場所にしたいという思いである。

「僕は誰でも本を書けると思ってるんです。僕らはいつも“買う”ということが生活のメインじゃないですか。給料をもらっていれば、たとえ何も生産活動をせずにただ消費するだけで生きることができる。でも、実は誰にでもできる生産活動の一つが文章を書くことだと思うんです。書くことで知らなかった自分に出会う。知らなかった風景を見る。出会えなかった人に出会う」(中岡さん)

こうして、2020年2月、石堂書店の斜向かいに本屋・生活綴方がオープンした。

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