実はこの号泣事件の1カ月前、ふたりは東川町に足を運んでいた。遠又さんの夫が、自身が通っていた勉強会で東川町の養鶏家と知り合ったのがきっかけだ。「ただものじゃない雰囲気の面白い人がいたから、訪ねてみない?」と言われて、「どこかの地域で学校をやるなら、会えばなにかヒントになるかも」と気軽な気持ちで、安井さんにも声をかけて訪問することにした。
その際、事前に夫からその養鶏家に「ふたりはデンマークのフォルケホイスコーレのような学校を作ろうとしてるんです」と紹介したら、予想もしなかった返事が来た。
「それなら、20年前から、良く知ってるよ」
その養鶏家、新田由憲さんは20年前にデンマークに行った時からフォルケホイスコーレに注目していたそうで、東川町で意気投合。新田さんから「今後の社会に必要だと思うよ。まだ若いんだし、いろいろ考えずやっちゃいなよ。来年また東川町に来て、試しに授業やってみなよ。面白いから」と言われていた。この新田さんの言葉もあって、ふたりは起業に向かって一歩を踏み出したのだ。
ふたりは実際に、翌年の夏、東川町でパイロットプログラムを企画した。2泊3日のプログラムで、1泊目は東川町の自然のなかで参加者同士の対話をしながら、五感で世界を感じる日。2泊目は朝から新田さんの養鶏場を訪ね、採りたての卵で朝食作り。午後は、東川町在住の写真家、飯塚達央さんとともに、カメラを通して表現することの楽しさを体感。最終日は2日間で感じたこと、気づいたことを振り返り、「自分の物語」を作品に仕上げる。
6名が参加したこのツアーを運営している時まで、ふたりはどこで日本版「フォルケホイスコーレ」をどこで開くのか決めておらず、軽井沢や沖縄なども候補に考えていたそうだ。しかし、ツアーを終えて帰京した時、ふたりで「やるなら、東川町だよね」と意見が一致した。
「パイロットプログラムの企画を始めた時、東川町には新田さん以外にも面白くて濃い人たちがたくさんいると知りました。ひとつの土地に拠点を置いて学びを作るのであれば、そこにどんな人たちがいるのかすごく重要ですよね。それに、新田さん以外にも、町の人たちがどんどんほかの人につないでくれて、自然と輪が広がっていくのが楽しくて。これ以上の場所ってほかにないよねって思えたんです」(安井さん)