さて、いったん急な斜面を下って、次なる頂、羽黒山に向かって歩き出す。アップダウンが続く、ハイキングコースだ。しかし山のなかにはオオシマザクラだけでなく、さまざまな春の花が咲き乱れていて、それを見て歩くのはとても楽しい。
ところで日立アルプスの中にはなぜ、ふつうの山桜ではなく「オオシマザクラ」が圧倒的に多いのか? その疑問を田上さんが次のように解説してくれた。
「日立のオオシマザクラは100年ほど前に植樹されたものなんですよ」
なんと今、日立アルプスを覆っているオオシマザクラは自生ではなく、大正時代に人の手によって植えられたものだったのだ。今私たちが山の中で見ているのは、その時に植えられた古木や、種がこぼれて生えてきたその次世代の桜なのだという。
でもなぜこんな広大な山中に、わざわざ桜を植樹したのか。それには日本の近代化において、この街の人々へ痛みを伴った、ある一つの歴史があった。