未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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「相撲が好きじゃけん」日本で一番相撲を愛する町で167年続く伝統の相撲大会

乙亥(おとい)大相撲を愛媛へ見に行く

文= 和田静香
写真= 和田静香
未知の細道 No.128 |25 December 2018
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#3相撲を取るのがあたりまえの町

今年の乙亥大相撲の会場となった「野村公会堂」入口

 10代力士2人のキラキラ笑顔にスー女はメロメロになり、上機嫌で公会堂に入ると、地域の小学生、中学生、一般の部に分かれて団体戦を繰り広げていた。小学生も中学生も参加するだけでなく、応援にも来ている。あれ? 学校は?
「乙亥大相撲は学校の行事になってまして、全員で応援に来てるんですよ」

 そう教えてくれたのは、会場内で大きなカメラを構えて熱心に撮影していた大塚さん。聞けば、町の写真屋さんで、経営する写真館も浸水したという。
「1階はぜんぶ浸かりました。スタジオは2階にあって免れたけど、大事な機材は流されました。それでこれ(首から提げているカメラ)は新しく買ってね。野村町商店街は240~250店舗あるけど、みんな何かしら被害を受けてるんで、本当に復興するにはもうちょっと時間がかかります」

乙亥大相撲の撮影をしていた大塚さん

 それでも大塚さんは笑顔で今日この日に乙亥大相撲が開かれ、そこに居ることを心から楽しんでる様子だ。
「乙亥は野村町にとって段トツに大切で、戦争のときだって先輩方が休まないでやっていた。開催するかどうかみんなで話し合ったんですが、5分で『やろう、やらなきゃ』って決めたんですよ。私たちはみんな(力士の髷を結うのに使う)鬢づけ油の匂いとか、小さい頃から馴染んでいます。昔は小学校が7つ8つあって、そのどこにも土俵があった。相撲は野村の生活の中にあるんです」

 団体戦は小学生が17チーム76名、中学生が16チーム64名、一般が15チーム100名参加した。山間の小さな町である。なんでこんなに相撲を取ってるんだ? 
「小学校には必ず土俵があって、それが当たりまえだったんで、逆によそにはないと言われて、そうなんだ?と思いました。誰でも相撲を取るのが普通です」

 何故相撲を取るのか? 教えてくれたのは、ミスター乙亥とも呼ばれる山田さん。中学2年から乙亥大相撲に参加して、途中大学で欠場するも、戻ってから46才の今までずっと相撲を取り続けている。

「ミスター乙亥」と呼ばれている山田さん

 「いや、一年中やってるわけじゃないですよ。乙亥の前になるとみんな集まって、地区ごとに土俵で、まわしを巻いて稽古するんです。勝ちたいから、やるんです。団体戦は地区ごとに戦うんで、自分のとこに優勝を持って帰りたいっていうプライドがあります。裸でやるからケガもするし、この時期はもう寒いですけど、それでもやるのは、それ以上のものがあるんですよ。相撲が好きなんだと思います。自分はそうじゃないと思ってたのに、好きなんですね」

 勝ちたいから、プライドがあるから、好きだから。だから相撲を取る。今年は団体戦しか行われなかったので、なんと日を改め、12月上旬に個人戦が行われたというから、本当に相撲という勝負に懸け、好きでたまらない人たちだ。

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未知の細道 No.128

和田静香

1965年千葉県市川市生まれ、静岡県沼津市育ち。投稿から音楽雑誌「ミュージック・ライフ」のライターに、同じくラジオ番組への投稿から音楽評論家/作詞家の湯川れい子のアシスタントに。業務のかたわらで音楽雑誌に執筆を始める。最近では音楽のみならず、相撲を始め、エンタメ・ノンフィクションを数多く執筆。「わがままな病人vsつかえない医者」(文春文庫)、「評伝・湯川れい子 音楽に恋をして♪」(朝日新聞出版)、「東京ロック・バー物語」(シンコー・ミュージック)、「おでんの汁にウツを沈めて~44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー」(幻冬社文庫)、「スー女のみかた~相撲ってなんて面白い!」(シンコ―ミュージック)がある。

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