大黒さんたちは、これからこの街全体に「アートを体験できる街型ホテル」を増やしていく構想を温めているのだが、その一方で彼らの構想は、「ホテル」という枠組みには留まらない。いまでは、なんと高円寺を“アートを見に行く街”に育てようと動いているのだ。
プロジェクト名は、Koenji MURAL(ミューラル) CITY PROJECT。プロジェクトが生み出すのは、巨大壁画である。
ホテルの次が壁画というのも、ものすごい発想の飛躍にも聞こえるのだが、「こうして壁画を作ることで、街型ホテルを作る空気感をゆっくりと高円寺の中で醸成しているんです」と彼は当たり前のように語る。
「壁画のプロジェクトは、ただ単に外壁に絵を描くとか、アーティストにチャンスを与えるだけではないんです。どんな絵を描くか、建物のオーナーに希望を聞いたり、好きなアーティストを選んでもらったりします。また、そのほかの地域の人にも理解を得ないといけないので、地域の人にも話をしにいく。すると、ごく自然にこの街がどんな街なのかという『過去』の話になって、そのあとはどんな街にしたいかという『未来』の話になっていくんですよ。そういう普段はしない話ができる『場』ができあがることが、とてもいい。アートっていうのは直接的に生活に役に立ったり、利便性が上がったりするものではないけれど、だからこそ、誰もがフラットに話合いに参加できる、その感じが、街にアートを入れる面白さだと思うんですよ」
そんな話を聞きながら、さっそく私たちは噂の壁画を見にいくことにした。
「こっちです」
と案内されたのは駅前のPAL商店街だ。飲食店の他にもエスニックな雰囲気の洋服屋さんや個性的な雑貨屋さんなどが軒を連ねる。立ち止まったのは、「サワノ眼鏡店」のシャッターの前。
「おお、これですか!」
そこに白と黒とイエローが形作るモダンなシルエットが浮かび上がる。そこで描き出されるのは、ダイナミックな動きの阿波踊りの風景だ。
そういえば、高円寺は都内では最大規模の阿波踊り大会で有名なのだ。いまや阿波踊りの本場である徳島から参加する人もいて、1万人が踊り狂う東京名物の夏祭りである。
そんな高円寺らしさを象徴する壁画は、二階分の高さの巨大シャッターを目一杯に使っているので、かなりの迫力と躍動感である。大黒さんは、このちょっとレアなサイズのシャッターに以前から目をつけていて、商店街を通じてオーナーと交渉し、壁画を描く合意をとりつけたそうだ。
川内 有緒