その朝、私はスマホの地図アプリを立ち上ると高円寺の北口を出た。
駅を出て30秒ほどで、目指すホテルにたどりついたはず……なのだが、あれ、ホテルってどこなんだろう? と戸惑った。危うく前を通り過ぎそうになりながら、あ、ここかあ! と足を止める。どこにでもあるような細長いシェイプのビル。
入り口のガラスドアには小さくBnA hotelとあるものの、その奥にあるのは、どっからどう見てもバーである。
「こんにちはー」
ガラス扉をあけてなかにお邪魔すると、細長い店内の奥までカウンターが続く。DJブースがあり、アート作品が飾られ、ステッカーがあちこちに貼られて……、といかにも高円寺らしいやんちゃな雰囲気のバーである。実は、ここがホテルのフロントなのだ。
「フロントデスクとなるバーは、コミュニティ・ミックスのための場所です。感覚的には同時代に生きている人っておんなじもので共鳴したりする感覚を持っているんだけど、本当にミックスするには、何か突破口が必要になる。それが僕にとってバーやホテルなんです」(大黒さん)
お客さんはここでチェックインし、鍵を受け取る。そして、外出から戻るたびに、夜な夜なこのバーに集う高円寺の住人たちと出会うというわけだ。街の住人たちが、それぞれ好きなスポットを旅行者に紹介することで、街全体をホテルの施設にしてしまおう斬新な発想である。
その意図通りに、私が取材にきたこの日も、若い白人カップルがバーを通り過ぎていった。大黒さんは「じゃあ、良い1日を! 暑いから気をつけてねー」とフレンドリーに声をかけると、旅人たちは「私たち、オーストラリアから来たから、暑いのには慣れてるのよ!」と楽しそうに言いながら、高円寺の雑踏に消えていった。
さて、ホテルのお客さんたちが眠りにつくのは、この上の階だ。
そこにあるのは、たったの2部屋だけ。
これがまた、他には類を見ないなかなかユニークな部屋なのである。
川内 有緒