未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
119

高円寺に出現した謎の巨大壁画を探せ!

街の“予定調和”を崩すアート

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.119 |10 August 2018
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#2バーがフロントになる

高円寺の北口

 その朝、私はスマホの地図アプリを立ち上ると高円寺の北口を出た。
 駅を出て30秒ほどで、目指すホテルにたどりついたはず……なのだが、あれ、ホテルってどこなんだろう? と戸惑った。危うく前を通り過ぎそうになりながら、あ、ここかあ! と足を止める。どこにでもあるような細長いシェイプのビル。
 入り口のガラスドアには小さくBnA hotelとあるものの、その奥にあるのは、どっからどう見てもバーである。

入り口のガラスドアには小さくBnA hotelとあるものの、どう見てもバーである。

「こんにちはー」
 ガラス扉をあけてなかにお邪魔すると、細長い店内の奥までカウンターが続く。DJブースがあり、アート作品が飾られ、ステッカーがあちこちに貼られて……、といかにも高円寺らしいやんちゃな雰囲気のバーである。実は、ここがホテルのフロントなのだ。
「フロントデスクとなるバーは、コミュニティ・ミックスのための場所です。感覚的には同時代に生きている人っておんなじもので共鳴したりする感覚を持っているんだけど、本当にミックスするには、何か突破口が必要になる。それが僕にとってバーやホテルなんです」(大黒さん)
 お客さんはここでチェックインし、鍵を受け取る。そして、外出から戻るたびに、夜な夜なこのバーに集う高円寺の住人たちと出会うというわけだ。街の住人たちが、それぞれ好きなスポットを旅行者に紹介することで、街全体をホテルの施設にしてしまおう斬新な発想である。

バー奥の展示スペースとカウンター(左) 旅人たちや近隣の人たちが自由に貼っていくスティッカー(右)
バーの一角

 その意図通りに、私が取材にきたこの日も、若い白人カップルがバーを通り過ぎていった。大黒さんは「じゃあ、良い1日を! 暑いから気をつけてねー」とフレンドリーに声をかけると、旅人たちは「私たち、オーストラリアから来たから、暑いのには慣れてるのよ!」と楽しそうに言いながら、高円寺の雑踏に消えていった。

 さて、ホテルのお客さんたちが眠りにつくのは、この上の階だ。
 そこにあるのは、たったの2部屋だけ。
 これがまた、他には類を見ないなかなかユニークな部屋なのである。

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未知の細道 No.119

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。