未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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すべてひとりで、手作業で。

焼き物の町で理想の糸を紡ぎ続ける織物職人

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.111 |10 April 2018
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#5自分の織りたい作品を求めて

ふわふわの綿から、スーッと糸ができていくのがおもしろい。

 箱田さんを虜にしたホームスパンはウール、つまり羊毛で紡いだ糸で織られるもの。蚕の繭から作られる糸とは違う、柔らかい風合いに惹かれた箱田さんだったが、ウール独特の太い糸から作られる粗い織物よりも、もっと細い糸のほうが好きだということに気が付いた。

 日下田藍染工房で3年の研修期間を終えて、箱田さんは独立。もう一度、蚕の繭からできる糸で織る紬織りを中心に作品を作っていくことにしたという。自分の求める「風合いがありながらも、軽やかな作品」。とにかく細い糸で、すっきりと透明感のある色合いで。理想の作品を作るために試行錯誤するなか、思わぬ壁に当たってしまう。

「紬糸は、蚕の繭から作られるものだから自分で糸から作ることは難しいんですね。だから好みの細いものを特注でお願いしていたんだけど、紬糸をひいてくださる方がお年で引退してしまったの。他に探しても、ひいてくれる人がいなかった」

小道具をつくる職人さんもどんどん減っているそう。

そんなときに、箱田さんはある「手びき木綿」の織物と出会う。綿から作られた糸で織られる木綿の織物は江戸時代から普段着として親しまれた。益子町の隣にある栃木県真岡市も「真岡木綿」で有名だったが、機械で作られるのが主流であり縦糸・横糸ともに手びき糸で織られた木綿というのは市場にほとんど出回っていなかったという。箱田さんが出会った「手びき木綿」は縦糸も横糸も、手で紡がれた糸で織られたもの。機械で作られた糸とは違う、綿独特の風合いに箱田さんは魅了された。

「いかにも木綿らしい柔らかさが素敵だと思ったのね。そしてなにより、綿から自分で糸を紡ぐことができれば、細さを調節できる。私がずっと求めていた、細い糸でありながら風合いのある織物ができると思ったの」

それから箱田さんは紬から一転、木綿を中心に作品を作り始めた。好みの細さに糸を紡ぎ、草木で色を染めて織るというすべての工程で、箱田さんが大切にしているのは「柔らかくて軽やか」だということ。紬でもウールでも満足できなかった、自分自身が本当に「好きだ」と思う表現ができる木綿との出会いが、箱田さんを求め続けた織物に一歩近付けた。

一本一本、手で紡がれたというのが信じられないくらい細くてきれいな糸。

 見せてもらった箱田さんの織物は、どれも繊細。それでいて綿のやさしい手触りと、気持ちが落ち着く色合い。その追求された美しさに魅了され、人々は箱田さんの展覧会やギャラリーを訪れる。

「知り合いのお嬢さんで着物好きの方がいらしてね、以前賞をいただいた茶綿の織物を譲ってほしいとおっしゃったの。賞をいただいた大切なものだから一度はお断りしたんだけど、どうしてもって。その方は本当に着物がお好きで、なんでも持っている方だった。そうするとやっぱり、他にはないものが欲しくなるのね」

 今は、数年に一度の展覧会、工房を兼ねたギャラリーと益子町の道の駅「ましこ」での販売だけという箱田さんの織物。手間暇をかけて丁寧に織られたものは、ひとつとして同じものはない。

さまざまな藍染めの糸を使った縞模様。杢糸風といって色違いで撚っている部分もある。
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未知の細道 No.111

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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