箱田さんを虜にしたホームスパンはウール、つまり羊毛で紡いだ糸で織られるもの。蚕の繭から作られる糸とは違う、柔らかい風合いに惹かれた箱田さんだったが、ウール独特の太い糸から作られる粗い織物よりも、もっと細い糸のほうが好きだということに気が付いた。
日下田藍染工房で3年の研修期間を終えて、箱田さんは独立。もう一度、蚕の繭からできる糸で織る紬織りを中心に作品を作っていくことにしたという。自分の求める「風合いがありながらも、軽やかな作品」。とにかく細い糸で、すっきりと透明感のある色合いで。理想の作品を作るために試行錯誤するなか、思わぬ壁に当たってしまう。
「紬糸は、蚕の繭から作られるものだから自分で糸から作ることは難しいんですね。だから好みの細いものを特注でお願いしていたんだけど、紬糸をひいてくださる方がお年で引退してしまったの。他に探しても、ひいてくれる人がいなかった」
そんなときに、箱田さんはある「手びき木綿」の織物と出会う。綿から作られた糸で織られる木綿の織物は江戸時代から普段着として親しまれた。益子町の隣にある栃木県真岡市も「真岡木綿」で有名だったが、機械で作られるのが主流であり縦糸・横糸ともに手びき糸で織られた木綿というのは市場にほとんど出回っていなかったという。箱田さんが出会った「手びき木綿」は縦糸も横糸も、手で紡がれた糸で織られたもの。機械で作られた糸とは違う、綿独特の風合いに箱田さんは魅了された。
「いかにも木綿らしい柔らかさが素敵だと思ったのね。そしてなにより、綿から自分で糸を紡ぐことができれば、細さを調節できる。私がずっと求めていた、細い糸でありながら風合いのある織物ができると思ったの」
それから箱田さんは紬から一転、木綿を中心に作品を作り始めた。好みの細さに糸を紡ぎ、草木で色を染めて織るというすべての工程で、箱田さんが大切にしているのは「柔らかくて軽やか」だということ。紬でもウールでも満足できなかった、自分自身が本当に「好きだ」と思う表現ができる木綿との出会いが、箱田さんを求め続けた織物に一歩近付けた。
見せてもらった箱田さんの織物は、どれも繊細。それでいて綿のやさしい手触りと、気持ちが落ち着く色合い。その追求された美しさに魅了され、人々は箱田さんの展覧会やギャラリーを訪れる。
「知り合いのお嬢さんで着物好きの方がいらしてね、以前賞をいただいた茶綿の織物を譲ってほしいとおっしゃったの。賞をいただいた大切なものだから一度はお断りしたんだけど、どうしてもって。その方は本当に着物がお好きで、なんでも持っている方だった。そうするとやっぱり、他にはないものが欲しくなるのね」
今は、数年に一度の展覧会、工房を兼ねたギャラリーと益子町の道の駅「ましこ」での販売だけという箱田さんの織物。手間暇をかけて丁寧に織られたものは、ひとつとして同じものはない。
ウィルソン麻菜