未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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すべてひとりで、手作業で。

焼き物の町で理想の糸を紡ぎ続ける織物職人

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.111 |10 April 2018
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#2毎日かならず糸車をまわす

玄関先の看板から既に味がある。

 益子町の駅から徒歩3分ほどの、気をつけていないと通り過ぎてしまうような小路に「織工房はこだ」の看板はかかっていた。玄関まで辿り着くとギーカタン、ギーカタンと、はたおり機の規則的な音がする。声をかけると音が止み、箱田侑子さんが出迎えてくれた。

「今日は暖かくてよかったですね」と笑顔で話してくれる箱田さんは、とても小柄で品がある。きっと繊細な織物を織る人なんだろうという印象を受けた。テレビもなく、パソコンやメールもしないという彼女は優しい口調で「ラジオと電話とお手紙だけね。アナログな人間なんです」と笑った。

 箱田さんの仕事はとにかく、とことん手仕事。オーガニックの綿から、まずは糸を紡ぐ。箱田さんはたくさんある工程のなかで、この「糸づくり」が一番好きだという。糸車がカラカラカラ……という音を立てながら、ふわふわの綿を細い糸にしていく様は確かに見ているだけでおもしろい。

オーガニックの綿は、ふわふわと触り心地がいい。

「ずっと同じ作業だって思うでしょう? でも毎日、違うの。織りたいものによって太さを変えるということもあるけれど、なにより綿も植物だから同じものはひとつもない。それを少しずつ紡ぐのが楽しいのね」

 箱田さんは、毎日かならず糸を紡ぐ。とにかく毎日少しずつでも糸を紡ぎ続けることで、手の感覚を忘れないようにしているそうだ。そしてなにより、染めるにしても織るにしても、糸がなければ始まらない。

 箱田さんが好むのは、綿の風合いがありながらもゴワゴワとしない細い糸。あまりに細くて、今にも切れてしまいそうにも見える箱田さんの糸は、その細さを実現するために繊維の長い綿をわざわざ取り寄せているという。

 綿から糸にしたものは一度煮て、撚りを固定させる。そうして出来上がった、うすく黄色みのかかった糸を待つのは、色とりどりの染めの世界だ。

いろいろ試した末に辿り着いた、繊維の長い綿。
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未知の細道 No.111

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。