「町の植木屋さんと仲良しなの。『今日はこんな植物を切ってくるよ』と声をかけてくださるから、そのあいだに糸を下地染めして準備しておく。持ってきてもらった植物は、すぐに煮出して、糸を染めるんです」
そんなにすぐ煮出すのかと驚いた。材料によっては、切ってからすぐに煮出すことでしか出ない色があるそうだ。たとえば桜。蕾の時期にピンクの色素を樹皮のなかに溜めていて、その時期に切ってすぐ皮をはいで煮出さなければ、桜色の淡いピンクは染まらない。時間を置くと少し茶味が出て、サーモンピンクのようになる。
「茶味が出てもそれはそれで、きれいな色なんだけどね。どんな植物も、ちゃんと煮出して染めてあげれば素敵な色になるの。きれいに染まると『わあ』って嬉しくなっちゃうのよね」
作業場とギャラリーも兼ねているというお部屋には、色とりどりの糸が置いてある。自然のものから染めると聞いて地味な色しかないのかと思っていたが、鮮やかな黄色や爽やかな青色、深い紫色まで、とてもカラフルだ。どんな材料で染めたのかを尋ねると、箱田さんはスラスラと植物の名前を挙げていく。草木染めの図鑑まで持ってきてくれ、まるで植物博士。染めた糸の色は、必ずしも元の植物の色になるわけではないというのがおもしろい。
「エンジュという植物の蕾を煮出すと、こんなふうに黄色になるんです。藍も、発酵させると濃い青だけど、生葉で染めると薄い青磁色。同じ材料でも染め方が違えば、違う色になるのね。身の回りのものは何でも染まりますよ。コーヒーの粉なんかもね、茶色じゃなくてグレーになるの。不思議でしょう」
魔法みたいですね、と言うと箱田さんも嬉しそうに頷いた。独立してから45年間、誰に教わるわけでもなく草木を煮出して染め続けた箱田さんの頭のなかには、他のどこにもない草木染め辞典が入っているようだった。
ウィルソン麻菜