未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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すべてひとりで、手作業で。

焼き物の町で理想の糸を紡ぎ続ける織物職人

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.111 |10 April 2018
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#3魔法のような草木染め

一言で「草木染め」と言っても、こんなにカラフルに染まる。

「町の植木屋さんと仲良しなの。『今日はこんな植物を切ってくるよ』と声をかけてくださるから、そのあいだに糸を下地染めして準備しておく。持ってきてもらった植物は、すぐに煮出して、糸を染めるんです」

 そんなにすぐ煮出すのかと驚いた。材料によっては、切ってからすぐに煮出すことでしか出ない色があるそうだ。たとえば桜。蕾の時期にピンクの色素を樹皮のなかに溜めていて、その時期に切ってすぐ皮をはいで煮出さなければ、桜色の淡いピンクは染まらない。時間を置くと少し茶味が出て、サーモンピンクのようになる。

「茶味が出てもそれはそれで、きれいな色なんだけどね。どんな植物も、ちゃんと煮出して染めてあげれば素敵な色になるの。きれいに染まると『わあ』って嬉しくなっちゃうのよね」

  • 写真が苦手だという箱田さん。また会いに行きたくなるような柔らかい人だ。
  • 展示会などでは実際の織物の横に、使った糸のサンプルを置くことも。

 作業場とギャラリーも兼ねているというお部屋には、色とりどりの糸が置いてある。自然のものから染めると聞いて地味な色しかないのかと思っていたが、鮮やかな黄色や爽やかな青色、深い紫色まで、とてもカラフルだ。どんな材料で染めたのかを尋ねると、箱田さんはスラスラと植物の名前を挙げていく。草木染めの図鑑まで持ってきてくれ、まるで植物博士。染めた糸の色は、必ずしも元の植物の色になるわけではないというのがおもしろい。

「エンジュという植物の蕾を煮出すと、こんなふうに黄色になるんです。藍も、発酵させると濃い青だけど、生葉で染めると薄い青磁色。同じ材料でも染め方が違えば、違う色になるのね。身の回りのものは何でも染まりますよ。コーヒーの粉なんかもね、茶色じゃなくてグレーになるの。不思議でしょう」

 魔法みたいですね、と言うと箱田さんも嬉しそうに頷いた。独立してから45年間、誰に教わるわけでもなく草木を煮出して染め続けた箱田さんの頭のなかには、他のどこにもない草木染め辞典が入っているようだった。

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未知の細道 No.111

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。