未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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世にも健康的なクスリ漬け

日本三大薬湯「松之山温泉」

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.82 |10 January 2017
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#4鷹の湯の伝説

言い伝えによると、およそ800年前。傷ついた一羽の鷹が毎日同じ場所に舞い降り、葦の茂みに潜んでいたという。それを不思議に思ったひとりの樵夫が探してみたところ、そこには沸々と沸く熱泉があり、鷹はその湯に体を浸して傷を癒していた。――以来、松之山温泉は「鷹の湯」として知られることになった。

松之山には「鷹の湯」の名を持つ温泉がある。村の外れにあるナステビュウは近年に新しく掘りあてた温泉なのに対して、昔から「松之山温泉」と言われていたのは松之山温泉郷のど真ん中にある鷹の湯だった。

松之山温泉郷に訪れてみると温泉旅館もいくつかある。ただし、どの旅館も源泉は鷹の湯と同じであり成分に違いはない。ナステビュウは源泉こそ異なるものの、かなり近い場所を掘っているため、これまた成分の差はほとんどないという声が多かった。

あえて言うなら鷹の湯のほうが熱い。そう話してくれた人もいたのだが、個人的にはあまり違いを感じなかった。それよりも、鷹の湯には地元の人たちがたくさんいる。方言が強くて何を話しているのか分からなかったが、それくらいローカルな雰囲気が味わえることが一番の違いではないだろうか。

さらに、温泉郷を歩いてみよう。

松之山は漫画『頭文字D』の作者であるしげの秀一さんの故郷であるらしく、たくさんのポスターやサインが貼られている。頭文字Dは峠の走り屋を描いた物語だが、松之山ほどの峠道で育ったならばさもありなん。そんなことを考えていると、湧き水があることに気づいた。

飲んでみると、これがまたやわらかくてめちゃくちゃうまい。この湧き水は、そばとジャズの店「滝見屋」の軒先にあった。あまりにも気になる店である。

このそばがまためちゃくちゃうまいのだ。茹でたあとに冷たい水で洗ってしめる。このときの水が違うのだろう。よけいな味がしない。そば本来の味が楽しめるだけでなく、やわらかい水がそばの旨味を引き立てているようにも感じられる。

「むかしは自動販売機もなかったからね。松之山温泉は温度も高いしノドが乾くじゃないですか。だからみんなうちの前にある湧き水を飲んで帰ったんです」

滝見屋のマスターは松之山生まれ松之山育ち。この土地についてのお話も聞かせてもらった。

「松之山はブナ林が豊富なのもあって、あちこちで湧き水が湧いていてね。水道も湧き水だから冷たくて美味しいんだよ」

温泉郷から坂を登っていくと「上湯(うわゆ)」という集落がある。ここは未知の細道でノンフィクション作家の川内有緒が 『越後妻有をめぐる旅』 で触れた夢の家があるところだ。この集落では4年前まで水道が通っていなかったと聞く。水道がなくても困らないほど湧き水に恵まれていたのだ。

その湧き水にも関係しているはずだが、松之山はとりわけ雪が激しい。役所での年間平均最大積雪深が国内で唯一3mを超える特別豪雪地帯。松之山のある十日町市は人口5万人以上の町としては世界一の豪雪地帯と言われている。

冬の厳しさは言葉にも表れていて、この地域では「雪下ろし」ではなく「雪堀り」と呼ばれる。北海道のようなパウダースノーとは違い、重たく湿った雪が降る。家の1階部分は完全に雪に埋もれてしまうほどで、古墳を掘るように家を掘り起こさなければならないのだ。屋根の雪掘りも重労働。丸いスコップでは折れてしまうほどカチコチに固まった雪を、四角いスコップでザクザクと掘り上げる。

「ぼくらが小さいころは雪に閉じ込められたからね。陸の孤島とか言われてたけど、本当に外に出られないんだよ。公共の交通機関も冬はストップするから。ぼくはすぐ隣町の松代高校に通ってたけど、下宿だったもん。通えないから(笑)」

ここから松代高校まで車で20分もかからない距離である。トンネルもない、道もよくない、除雪車も走れない。そんな時代があったのだ。

「この温泉街も夏だけ働いて冬は営業してなかった。というか、客が来れないから営業できないの。出稼ぎで東京に行く人もいたけど、ほとんどの人は冬になると遊んでましたよ。酒飲んだり、麻雀したり。それでも昔は暮らしていけたわけだから不思議だよね。1年の半分仕事、半分休みでなんとかなるんだから」

インフラはもちろん、あらゆる技術が進化したことで人類はより効率よく楽して生きられるようになったはずなのに、一向に仕事量が減らない。むしろ忙しくなっていくばかりなのは本当に不思議である。

店の外に出ると、厳しい冬の準備がはじまっていた。

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未知の細道 No.82

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

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