そばをおいしくする湧き水。その背景には滝見屋のマスターの話にもあったブナ林がある。
新潟は地球上で最も早くからブナなどの落葉広葉樹林が広がった土地と言われるが、ブナはそもそも雨の多い場所に育つもの。秋になると葉を落とすため、スポンジのように水をためこんでゆっくりと水をきれいにしてくれる。湧き水は英語で「spring water」と言うが、「hot spring」である温泉とも関わりがあるに違いない。
松之山でブナ林といえば「美人林」。温泉だけでなく森林浴も楽しめるというわけだが、これが信じられない絶景だった。樹齢90年のブナ林。すらりとした立ち姿が美しいことから「美人林」と呼ばれるようになったという。
すぐ近くには森と自然の学校「キョロロ」もある。自然の宝庫と言われる松之山の生態系が学べる場所である。松之山温泉についても聞いてみた。
「むかしは、夏のあいだ休みなしで働いてきた農家の方たちが、何日間か滞在してカラダを癒す。そういう目的で温泉が使われていたと聞いています。むかしは市販のクスリなんてなかったこともあって、温泉に浸かれば疲れもとれてキズの治りも早いという、そういう薬効を実感したんじゃないでしょうか」
松之山温泉のどんなところが好きか聞いてみると。
「やはり温度が高いところですかね。日本にはいろんな温泉がありますが、無味無臭のところが多いと思うんです。そういう温泉に行くと、これ本当に温泉なのかなぁと。お湯じゃないの?って思っちゃいます。ずっと松之山の温泉に浸かってきた人間からすると疑問の目で見てしまうのはありますね」
松之山に住んでいる人ほど効能の違いを実感しているのだ。それでも、この温泉はおもしろいと勧めてくれたのが松之山から車で30分ほどの距離にある「湯田温泉ゆのしま」だった。
この温泉もまた変わっている。両手で湯をすくってみると化粧水のようなとろみを感じるのだ。アルカリ性が肌の角質を溶かすため、らしいのだが、それはもう楽しいぐらいのヌルヌル感。温度もぬるぬるだが、これはこれでぬるイイ。松之山から車で30分離れただけであきらかに泉質が変わる。その違いがぼくにはとても興味深かった。
それからしばらく、ぼくはナステビュウに通い続けた。そして地元の人たちとゆるく語らいあった。「こんなに効きそうな温泉ははじめてです!」そう話すと地元の方たちは誇らしそうに話を聞かせてくれた。
「私が小さいころは山に遠足に行った帰りに、子どもたちみんなで温泉入ったものです」
「松之山の冬は寒いから、とにかくあったまりたい。いつも夕方には温泉に入っちゃうけど寝るまでずっとぽかぽかしてるよ」
「風邪をひきそうなときにもあっためにいく。なんか治る気がして」
「効くっていうのは本当。効きすぎて疲れちゃうって人もいるぐらいだからね」
「年間パスも数万円で買えるから家のお風呂は使わないっていう人もたくさんいるよ」
「温泉から帰ってきた人に会うと、とにかくみんな元気なんですよ。肌もつるつるつやつやしててね」
薬湯に浸かりながら聞く物語がまたたまらない。温泉を知ることは、その土地を知ることなのだ。なんとも奥深く、あまりに健康的なクスリ漬け。松之山温泉はぼくの温泉史上No.1のお気に入りとなったのだった。
ライター 志賀章人(しがあきひと)