その翌日。ぼくは、真っ昼間から「浴望」に囚われていた。
とくに、あのにおい。はやく嗅ぎたくてたまらない。それをなんとかガマンして松之山温泉について聞いてまわり、資料や文献を読みあさっていた。感覚では伝わらない薬効を言葉で裏付けできないものか、そう思ったのだ。
まずは「におい」である。ぼくはクスリのにおいがすると感じていたが、「アブラ臭」と呼んでいる人がいた。言われてみれば、石油のようなにおいと言えなくもない。ここに松之山温泉を知るヒントがあった。
松之山温泉はおよそ1000万年前の「化石海水」だと言われている。つまり、地下に閉じこめられた海水が長い年月をかけて熟成した、いわば石油のような温泉なのだ。
ふつう、地下に閉じこめられた海水は、ガス、石油、水に分離する。 『新発田市をめぐる旅』 でも触れたが、新潟は日本一のガス&油田地帯でもある。これは新潟がフォッサマグナ地帯にあることが深く関わっていると思うのだが、ここでは触れない。とにかく石油と同じくして分離した水が温泉になるわけだが、地下で熟成していく過程も含めて石油とよく似ている。
しかし、これは同時に埋蔵量に依存しているということでもある。どれだけの温泉が地下に蓄えられているのかは松之山でもあきらかになっていない。しかも、昭和になるまでちょろちょろと湧き出ているだけだった松之山温泉は、近年の採掘技術の発達により噴き出すほどの源泉をかけ流しで使用している。ありがたいことでもあるが、なくなってしまえば終わり。それがいつかは地球のみぞ知るというわけだ。
「しょっぱい」と感じた理由もこれであきらかになった。その正体は海水だったのだ。
塩分濃度も並大抵ではない。戦時中は松之山温泉から塩が作られていたほど。海岸沿いにある温泉には塩分のある温泉は珍しくないが、内陸の山間地帯にある松之山はそれとは異なる。
では、松之山温泉の塩分はどんな薬効をもたらすのか。松之山温泉合同会社「まんま」のホームページによると、塩化物イオンが毛穴に入ることで汗の蒸発を防ぐという。松之山に住む人たちは「松之山温泉は湯冷めしない」と口をそろえるが、それは温泉成分の半分以上を占める塩分のおかげだったのだ。
「松之山温泉は温度が高い」と話してくれた住民も多かった。
日本の温泉のほとんどが火山型。しかし、松之山の近くに火山はない。にもかかわらず源泉は95℃。それはなぜか。そもそも松之山温泉は地下3,000m以上の深さにある。地下深くでは圧力釜のような環境下にあり、その温度は140℃にもなるという。しかもそれがほんのわずかな地層の裂け目から一気に上昇してくる。そのため地下水と混じりあうこともない。濃度を薄めることなく、温度を下げすぎることもなく、地上に噴き出しているのだ。
塩分のほかに注目すべきは「ホウ酸」の含有量だろう。1リットルあたり349.5mg。これは日本一の含有量とされている。ホウ酸は目薬などに使われる成分で消毒や洗浄効果がある。きりきず、やけどに効くと言われるのはそのためだ。天然保湿成分と言われる「メタケイ酸」もかなり多い。松之山温泉の化粧水は知る人ぞ知る世界で売れに売れている。
塩分、ホウ酸、メタケイ酸。基準値の15倍とも言われる温泉成分を最大限に引き立たせているのが浸透圧の高さである。浸透圧とは濃度の違う液体を同じ濃度に近づけようとするはたらきのこと。人間のカラダより松之山温泉の成分のほうが圧倒的に濃いため、温泉成分がぐーっとカラダに浸透していくというわけだ。
松之山温泉の薬効は、こうして科学的にも証明されている。ちなみに、テレビチャンピオンで有名な温泉ソムリエ郡司勇さんが選ぶ「泉質が良い温泉ベストテン」でも松之山温泉は筆頭に挙げられていた。
ライター 志賀章人(しがあきひと)