新潟県十日町市松之山。
新潟といっても群馬や長野に近い内陸部にあり、厳しい山に囲まれた小さな村である。そこに行くには、長いトンネルを何度も抜けて、冷や汗をかくような細道を縫って進まねばならない。
そうして辿り着いたのが「ナステビュウ湯の山」。建物に一歩足を踏み入れた途端、ぼくはガツンと面食らった。
「なんだこのにおいは!」
いかにも効きそうな「クスリ」のにおいがする。硫黄臭や塩素臭とはあきらかに違う薬品臭。病院のにおいのような、でも、それとも違うような、なんとも嗅いだことがないにおい……
それも、ほのかに香るなんてものじゃない。においだけでぶっ飛びそうになる。まだ靴も脱いでいないのにこの衝撃。いったい温泉に入るとどうなってしまうのか。
裸一貫。ガラガラ! と扉を開けるとメガネがくもった。
いや、くもるのは毎度のことなのだが、この日は一瞬だった。松之山温泉はとにかく湯気の量がハンパない。中に何人のお客さんがいるのか分からないほどである。
さっそく飛び込みたいところだが、ナステビュウにはボディタオルの無料貸し出しがある。まずはカラダをゴシゴシと磨きこむことにする。その間もにおいを忘れることはない。すぐには鼻が慣れないほどに強烈なのだ。もちろん不快なにおいではない。もっと嗅いでいたい。なんというか、クセになるにおいである。
そして、いざ、入湯。
うおおおお……
思わず声をもらしてしまった。全身がまるでピチピチのウエットスーツを着たように締めつけられていく。ボディタオルのあかすりによって露わになった毛穴から温泉の成分が染みこんでくるようだ。そして、外部からの侵入者である成分に全身が驚き、あわてて毛穴という毛穴を閉じようとしているようにも感じられる。
うわうわうわ……と口にしながらニヤけてしまう。口の端からなんかもうあらゆる気持ちいい言葉がダダ漏れだった。とにかく、めちゃくちゃら気持ちいひのでありゅ。湯気の多さもさもありなん。温度が最高に熱イイのだ。
露天風呂もある。かなりの山奥と言わざるを得ない松之山。この場所にしたってナステビュウのほかになにもない。さぞかし星が綺麗に見える、はずなのだが、ものすごい湯気のせいか、至近距離で曇り空ができていた。
それから1時間は経っただろうか。魂が湯気に溶けてしまう寸前で、ふと、くちびるを舐めた。「ん?」と違和感を覚える。しょっぱい、のだ。もちろん湯船に顔など浸けていない。顔にまとった湯気をなめるだけでしょっぱいのだ。これはどういうわけなのか……
これはヤバイ温泉を見つけてしまった。湯冷めはおろか興奮が冷めやらない。宿に戻ってタオルを干した翌朝、さらなる驚きが待っていた。乾いたタオルにも強烈な「薬品臭」が残っていたのだ。われを忘れてクンカクンカしたのは言うまでもない。
なんなんだ! なんなんだこれは! 温泉に好奇心が沸いた。ぼくの薬浸けの日々はこうしてはじまったのだった。
ライター 志賀章人(しがあきひと)