新潟県新発田市
世界一かわいいガスタンク!? 地元の人に長く愛されている「ニコタン」と、法のもとで公に人をブン殴れる!? 地元に根ざす新発田まつりの「ケンカ台輪」。その旅の先に見た、記憶に「眠る」風景とは?
最寄りのICから日本海東北自動車道「聖籠新発田IC」を下車
最寄りのICから日本海東北自動車道「聖籠新発田IC」を下車
ああ、帰ってきたな……
帰省の途中で、そう感じる風景がある。しばらく使っていなかった細胞が次々と目を覚まし、全身が呼応していくようなその風景を境目にして、懐かしさのグラデーションが次第に色濃くなっていく。
それにしても、どこからどこまでが地元なのだろう。小学生のころの行動範囲である実家から徒歩で行ける町内? 中学生になってからの自転車で行ける市内? 高校生になってからの電車移動を含めた県内? 大学から地元を離れてしまったが、その境界線はどこに引かれているのだろう。分からなくなることもあるが、ぼくは懐かしさのトリガーと言える、この風景より先を「地元」だと思うことにしている。
大阪府吹田市に実家があるぼくの場合、「太陽の塔」のある風景がそれである。吹田ICを降りて車から太陽の塔が見えると、「ああ、帰ってきたな」と思うのだ。ある人にとってそれは、電車の窓にうつる山並みかもしれないし、ローカルバスの中でおしゃべりをしている高校生の方言かもしれない。あるいは、自宅マンションのエレベーターにある年老いたボタンという人もいるかもしれない。
しかし、その風景が「ガスタンク」だという人がいる。ゴジラによく踏み潰されている、あの丸くて大きなガスタンクである。果たしてそれはどこなのか。
新潟県新発田市。「しんはった」ではない。「しばた」と読む。
新発田市には「新発田ガス」というガス会社があるのだが、そのガスタンクは他社と一線を画している。「ニコタン」というキャラクターが描かれているからだ。ガスタンクに絵を描くこと自体は珍しくないが、絵を描くことでガスタンクごとキャラクター化しているのは、新発田ガスだけではないだろうか。それも平成元年から、つまり、28年も前からの話である。
だからこそ、新発田市の住人は口を揃えるのだ。「車窓からニコタンが見えると新発田に帰ってきた感じがする」と。
またあるタクシー運転手はこう話す。「出張で来た人によく言われます。住所は分からないけど顔のあるガスタンクのあたりって。よほど印象に残るんでしょうね」
井戸端会議をしていたお母さん方はこう話す。「ガスタンクは危険なもの、怖いもの、というイメージがあるけど、顔があるだけでやわらぐよね」「ほっこりするよねぇ」
地元の高校生に至ってはこうである。「他の町でガスタンクを見たとき、思わず顔を探しちゃったよね」「ちっちゃい頃からガスタンクには顔があるもんだと思ってるから、顔がないことにビックリして、なんだこれは? と思っちゃった」
新発田市に到着したぼくはまず、「ニコタンって知ってる?」と地元の人に聞いてまわったわけだが、何よりレスがめちゃくちゃ速い。「もちろん知ってるよ!」と言わんばかりの切り返しに驚かされることとなった。
ガスタンク……ではなくニコタンは、新発田市内と隣町にわたって全7種(全5箇所)。そこで、ぼくは全ニコタンをコンプリートするべく「ニコタンGO」の旅をはじめたわけだが、なかなかどうして夢中になってしまった。拡張現実より現実離れした存在感はもちろん、それぞれのニコタンが別の表情を見せてくれるからである。
ライター 志賀章人(しがあきひと)