お話を聞かせてくれたのは、株式会社新発田ガスの常務を務める佐藤友哉さん。日経ビジネスみたいな展開だが、あくまで「未知の細道」である。
「当時の会社は『顔が見えない会社』って言われてまして。だったらガスタンクに顔を描いちゃえ、そうしたら顔が見えるだろう、と祖父が社長だった時代に父が企画立案しました。あとは勢いです(笑)」
しかし、単なる勢いとは思えない。当初は顔の下に「新発田ガス」と企業名を入れるアイデアもあったそうだが、社長自ら一蹴したそうだ。何も書かないからいいんだ、と。単なる広告塔と考えていては思い切れないところである。新発田に根ざす企業として、町の風景を守る視点あってのユーモアだ。モモタンについても、元来のガスタンクの緑色を活かしたニコタンと違って、風景に馴染む桃色を開発するのに検討に検討を重ねたという。
そもそもガス会社とは、どのようなことをしてるのだろう。
「採掘所も見ましたよね? ものすごく簡単に言うと、ああいうところで掘ったガスをうちが買い取って、圧力を調整したり、ニオイを付けたりして、各家庭まで送っています。ガス管を敷く工事もですね」
ぼくが気になったのは「ニオイを付ける」というところ。一体どういうことなのか。
「もともとガスには臭いがないんです。そこにいわゆる『ガス臭い』と言われるニオイを付けてあげる。危険だと分かるようにですね。それは生活の中に存在しないニオイじゃないといけない。つまり、生ごみのニオイでも駄目なわけです。技術的には『いい香り』にもできるんだけど、それじゃ、万が一もれたときに気づかないですよね。だから、意図的に臭いニオイを付けてるわけ。」
付臭剤を間違えて服に付けてしまうと、外を歩いただけでガス漏れの通報がめっちゃ来る、そうユーモアを交えて話してくれる一方で、地域のおかげで成り立っている企業だから、地域のためにできることはなんでもやるのが本当の仕事だと語ってくれた。
その夜、友哉さんは「新発田まつり」の準備に追われていた。毎年、8月27日、28日、29日と町をあげて行われるお祭りで、29日の「ケンカ台輪」には市内外から多くの見物客が押し寄せる。28日に行われる「おまつりパレード」も20組1200人の大行進。エレクトリカルパレードの様相を呈している。
「ニコタンだー!!」
「ニコタンニコタン!」
いかに愛されているかが分かるのだが、地元の子供たちにボコボコにされるニコタン(着ぐるみ)。これでもいちおうガスタンクである。きっと新発田の子供たちは、大人になってからその正体を知るのだろう。
それにしても、屋台の数がすさまじい。これまで見てきた祭りの中でも桁違いである。中でも友哉さんが連れて行ってくれた、新発田市発祥の「ぽっぽ焼き」は、モチモチの黒糖パンのようで、はじめて食べるのに懐かしい味がする。新発田っ子が行列をつくるのも納得のうまさだった。
全国のご当地グルメが一道に集結したような屋台通りのあちこちで、「ご無沙汰しております」「どうもお久しぶりです」と交わされる声がある。帰省した人を含めた、地元の人たちこそが一堂に会しているのだ、そう感じる一方で、ぼくは自分の祭りを持っていないことに思い当たる。
地元を感じる風景はあるのだが、正確に言えば、ぼくには地元がない。父親が転勤族で、幼稚園は京都、小学校は香川、中学高校は大阪、そして横浜、東京と、各地を転々としてきたからだ。そのせいか、ぼくは地元に根ざすという感覚がいまだによく分からない。
新発田に住む人たちは、祭りによって何を受け継いでいるのだろう。どんな想いで祭りに参加しているのだろう。新発田で生まれ育った友哉さんに聞いてみると、少し考えたあとにこう言った。
「自分が子供の頃に見ていた景色を、自分の子供に見せてあげたいとは思うかな」
このあとはじまる、新発田まつりの「ケンカ台輪」を見たとき、その言葉の意味が、ぼくにも少し分かる気がしたのだった。
ライター 志賀章人(しがあきひと)