パーソナルブックセレクトをしてもらっている間に、常連さんがひとりやってきて、コーヒーとケーキを注文した。酒井さんと同じ移住者で、農業やかご編みといった自然に近い生業を持つたまちゃんという友人だという。彼女は「健康診断後にいい朝ごはんにしようと思って」もくめ書店にやってきていた。
「田舎暮らしをエンジョイできるのは、畑をやって、自分でいろいろなものを生み出せる人だと思います。私はスーパーでいろいろ買っちゃうし、どうしてここで暮らしているんだろうと思うけど、人の距離の近さが好きなんだと思います」(酒井さん)
そもそもどうしてここで本屋を? という話をあらためて聞いてみる。酒井さんはもともと大手書店でアルバイトとして働いたことをきっかけに、本屋の楽しさに魅せられた。子育てに専念した時期を経て、東京町田市で再び書店員として働いていた2020年、たびたび家族で訪れていた道志村で、本屋になろうと決意したそうだ。
もともと義母が住んでいた家の隣の家が交渉の末安く手に入ったことで、「いつか本屋さんを開きたい」という計画が現実味を帯び、そこから2年かけて準備し2022年に開業。火水の定休日をのぞいて、週5日、1人で本屋を切り盛りして、おいしいスパイスカレーもつくる。私とは姉妹の母という共通点があるので、余計に酒井さんのバイタリティには感服だ。
「いろいろ間に合ってないところも多いですよ。土日は夫も家にいるので子どもたちを見てくれて。幸い2人の娘はどちらも本が好きで、上の子は『お店で気になる本は全部読んじゃった』って言ってます(笑)。
子どもたちもここでの暮らしを気に入っているし、私も予想外の出会いにたくさん支えられて楽しんで本屋も暮らしもやっているかな。
都会には人は多いけれど、距離が遠いんですよ。ここは、出かければ知り合いに会う、みんなの名前を知っているくらいの距離感。鬱陶しく感じる人もいると思うけれど、私は人が好きだからこの近さが心地いい。こういうコミュニティのなかで本屋をやりたかったんです」