深野さんが、私がワタリンに乗るための脚立を置くと、ぐるぐるとまわるワタリン。何か気に入らないのかなと思っていると、「どこで乗るのがいいか考えて、ちょうどいい場所を彼なりに探しているんですよ」と深野さん。「ここだ」とワタリンが立ち止まった場所に脚立を置き直すと、そこに足をかけてワタリンの背中の鞍の上に、気合を入れてよいしょと飛び乗った。サラブレッドの背中の高さは私の身長ほど、飛び乗る瞬間はけっこう怖い。
いざ背中に乗って見る景色は、2メートル以上の高さの視点になる。見慣れた高さから数十センチ上がっただけでこんなにも変化を感じるなんて。いつもより広く感じる世界のなかで、寄せては返す波の先にある海の存在感たるや。ゆっくり砂浜を踏みしめながら歩くワタリンの背中にいると、緊張もほぐれてくる。
眺めていると雄大で穏やかな海も、ザパーンという音の大きさはなかなかのもの。そういえば、音に敏感な馬は怖がったりはしないのだろうかと聞いてみた。
「もちろん、馬によっては怖がりますよ。ワタリンは少しずつ慣れさせて、今は平気です。喉が渇いたら海水を飲むこともあるくらい。ワタリンは、マイペースであまり働きたくないタイプで、逆にいえば動じないから、海の側で散歩できるからありがたいです。それに、子どもにとても優しくて。小さい子が乗るときはゆっくり歩いたり、怖くないように振る舞ってくれるんですよ」(深野さん)
馬場でほんの数分馬に乗ったことはあったけれど、30分となるとすっかり「馬で移動している」感覚になる。ゆっくり歩いているようでいて、出発地点から遥か遠くに見えていた地点にいつの間にか到達し、折り返し。深野さんが手綱を取ってくれているとはいえ、馬自身が導いて目的地に向かう感触は、未知の乗り物感に満ちていて、ロケーション含めて大満足の時間だった。
そんな妄想をして私の乗馬が終わる頃にはちょうど霧も晴れてきた。ここで娘と交代だ。