残る問題は、機械や資材の運搬だ。
「昭和から続く会社なので、とにかく書類や資材が多くて。どれを残しておくべきか判断が大変でした。本当はもっと整理して残しておきたかったけど、糸や布はガレージセールで売ったり、ダンボール40箱を超える昔の設計書は近隣の大学に預かってもらったりしました」
昭和40年代につくられた貴重な機やその他の機械も、スペースの問題から全部はもっていけない。捨てるのだけは避けたいと、渡辺さんはSNSで呼びかけた。すると、話を聞きつけた同業種の人たちが県内外からトラックで引き取りにやってきてくれた。
「でも1台だけ、どうしても引き取り先が見つからなくて、廃棄になってしまったんです」
渡辺さんはそう教えてくれたあと、まるで大切な友人を思うかのように「かわいそうに」とつぶやいた。
機械の配置にも頭を悩ませた。どれもサイズが大きいため、配置を間違えれば作業の動線が乱れる。引っ越し前に何度も足を運び、機械と同じ面積の紙を床に敷いて、シミュレーションを繰り返した。
「引っ越しから1年以上経って、やっと馴染んできました」と笑う渡辺さん。
「大変なことばかり話しちゃったけど、移転して良いこともあったんです。前の工房は空調設備がなくて、夏は扇風機、冬はストーブで凌いでいました。冬場は手足が冷えますし、最近の猛暑ではもう限界で。今はみんなが快適に作業できています」
そして、予期せぬ幸運がもう一つ。酒造メーカーの敷地内に工房があり、地酒の販売スペースに隣接しているため、地酒を買いに来た客が工房をのぞいてくれるのだという。2023年は600人の客が訪れた。
「新しい工房では、入り口付近に小さな売り場を作りました。マフラーやニット帽のほか、がま口の小銭入れや端材で作ったブックカバーなどの小物も置いています」
製品は、自社ホームページや百貨店、ANAのショッピングサイト「ANAショッピング A-style」で購入できるが、ホームスパンの魅力を直接説明できる対面販売を大切にしているという。
最後に今後のこと聞いてみると、間髪入れずにこう返ってきた。
「若い世代の人に、ホームスパンに興味をもってもらいたい。そして次の世代に技術を継承していきたいんです。今までは女性だけでやってきたけれど、条件が合えば性別は関係ありません」
渡辺さんは今日いちばんの笑顔で、「実は、目標があって」と続ける。
「ゆくゆくは会社の運営も次世代に任せて、また昔みたいに1日中機織りがしたいです」