紡いだ糸はまず、作るものの長さと幅に合わせて整える。これを「整経(せいけい)」と呼ぶ。織り物には経糸(たていと)と緯糸(よこいと)があり、先に機(はた)にセットするのは経糸。2人1組で引っ掛けていく。
その後、作り手がひとりで一段ずつ緯糸を通し、織り上げていく。緯糸を通すのに使われるのは、「杼(ひ)」と呼ばれる木製の道具。
効率的に作業が進むように先人が頭をひねり生まれてきた道具だが、杼を作る職人は今や、日本にたった一人しかいない。機も同様だ。「後継者不足で、修繕をお願いできる職人さんがほとんどいない」と渡辺さんはいう。
ちなみに杼は、「シャトル」とも呼ばれる。「シャトルバス」や「スペースシャトル」のように、何かと何かをつなぐ言葉に「シャトル」が使われるのは、この道具から派生したと言われている。
シャトルを滑らせて緯糸を通したら、バーを手前に引き、トントンと織り込む。その光景を見て、私は『鶴の恩返し』を思い出した。ふすまを隔てて鶴が機織りをする、あのシーン。遠い昔のおとぎ話のように認識していたが、こうして現代にも生き続けている。伝統を受け継いできた人たちがいるのだと、改めて思う。
そんなことを考えていると、作り手のひとりが「糸があがっちゃいました......」と渡辺さんに相談しにきた。何十本もの糸のうち、1本が機械から外れて迷子になってしまったらしい。この糸の束から迷子を見つけ出すのは至難の業なのでは......? とヒヤヒヤしたのだが、渡辺さんは至って冷静だ。
「時々あるんです。1本だけ糸が短かったとかね。それに気づいた時は事件です(笑)。でも、いくらでも修正はできますから。糸が絡まっちゃうこともありますが、絶対ほどけるんです。この仕事をしていなかったら絶対諦めていたであろう頑固な絡まりも、不思議とほどけるようになるんですよ」