取材の日、特別に獣舎を見せてもらった。飼育員さんがタイヤの内側や浮き球のなかにエサを詰め、壁の高い位置にハチミツをつける。その匂いを感じていたのか、展示場から勢いよく戻ってきたクマたちは、一直線に浮き球とタイヤに向かい、エサを取り出そうと動き始めた。ハチミツが好きなクマは、立ち上がって壁を舐めている。エサの時間ながら遊んでいるようでもあり、こういった工夫があるのとないのとでは、クマの時間の過ごし方はだいぶ違うのだろうと実感した。
クマも高齢なると緑内障、白内障で目が悪くなったり、足腰が弱くなって歩くのもおぼつかなくなるクマが出てくる。そういうクマはケガやケンカのリスクが増すため展示場に出すことができず、365日、獣舎で過ごす。その年老いたクマのなかに、吉見さんが働き始めた頃からお気に入りのクマ「ニイヨ」がいる。
「お尻がどーんと大きくて、フォルムがすごい好きなんです。双子のニイサと仲が良くて、いつも一緒にいたんですけど、ニイサが亡くなってしまって寂しそうなんですよね。私が来た時は現役バリバリだったのに、今は目も悪くなって、展示場に出ることができません」
のぼりべつクマ牧場は国立公園内に位置しているため、獣舎を増設したり、展示場の形を変えたりするには国の許可が必要で、簡単にはできない。吉見さんは、「引退してからも幸せな熊牧場にしてあげたい」という思いから、ニイヨのような老クマたちのQOL(生活の質)を高めるために、これからもどんどん獣舎内のエンリッチメントの取り組みを充実させたいと語る。
「クマには個性があって、例えば浮き球が好きなクマもいれば、使わないクマもいます。浮き球の形によっても好き嫌いがある。だから、最終的には一頭ごとに適したエンディッチメントをすることを目標にしています」
一般の人も、環境エンリッチメントに貢献できる仕組みがある。毎年、秋の期間に「どんぐり割引」を行っており、期間中にドングリを持ち込むと入園料が割引になるのだ。ドングリは飼料よりも食べるのに時間がかかるし、なによりクマの大好物なので、QOLを上げるのに効果抜群。なかには、入園料の割引を求めるでもなく、道外から段ボールで山ほどドングリを送り届けてくれる人もいるという。
さらに、吉見さんたちは、「もっとクマたちのことを知ってもらいたい」という思いから、ここ数年、個々のクマの性格や特徴をSNSや園内の掲示で紹介するようにしている。それが、効果てきめん! クマの見分けがつくようになったお客さんのなかに「推し」を持つ人が出てきて、のぼりべつクマ牧場のリピーターになったり、「推しクマ」に果物のプレゼントを送るファンも現れた。この取り組みもまた、クマたちのQOLを高めるきっかけになっているはずだ。