環境エンリッチメントの取り組みを始めて3年も経つと、消防ホースと浮き球、それにタイヤを組み合わせた遊具はどんどん増えて、獣舎や展示場で活用されるようになった。
その時期に「エンリッチメント大賞」の存在を知り、取り組みをまとめて応募してみたところ、一次選考を突破。すると、主催する市民ZOOネットワークの関係者が見学に訪れた。その際、「どんな効果があるのか、客観的な指標があるとわかりやすい。データを取るなどの工夫があるといいですね」と助言をくれた。
それから2年間、1日に1回、すべてのクマがどこでなにをしているか、記録を取るようになった。これによって、新たな取り組みが生まれる。
クマのなかには同じ場所を行ったり来たりするなど異常行動を見せる個体もいるのだが、記録を付けたことでそれが繁殖期にあたる5月~7月中旬、明らかに増えることがわかった。オスとメスを分けて飼育している現状で、その時期にもっと環境をよくできないか、という視点で目を付けたのが、異性の毛やフン。これを与えると強烈な反応を見せ、異常行動の割合が14%から4%にまで減少した。
「もともと、繁殖期は匂いを嗅ぐ行動が増えるため、従来はデオドラントスプレー、ハチミツ水、ジャムなどを獣舎や格子に振り撒いていました。でも、繁殖期ということで試しに異性の毛やフンを使ってみたらすごく反応がよかったんです」
異性の毛やフンは、すぐ手に入る。コストをかけずに繁殖期の異常行動を抑制できたのは、飼育員さんにとって大きな発見だった。
さらに、採食時間にも着目。クマ用配合飼料を獣舎に撒いた場合と、浮き球に入れて与えた場合で、採食時間がどのように変わるのか検証したところ、平均で12倍になった。消防ホースを使用した場合と、冬に与える鮭とばを与えた時も、同様の効果を示した。また、丈夫で壊れにくい浮き球と消防ホースは、コストパフォーマンスも優れていることがわかった。
観察に基づいたデータ分析によって有効だと裏付けされた、取り組み。これが、2022年の努力賞受賞につながったのである。