最初は、簡単なことから始まった。クマにエサを与える時、もともとは獣舎内の一カ所にまとめてエサを置いていた。それだと、クマ同士が奪い合ってしまう。数カ所に分けても、一頭が抱え込んですぐに食べ終えてしまう。それなら、エサを獣舎内に広く撒いてみようという発想だ。
エサを広く撒くとクマは動き回るようになる一方で、飼育員の手間が増える。しかし、動物が好き、クマが好きな飼育員たちは、それを厭わず、クマたちが喜びそうなことをどんどん取り入れていった。
勉強会では、ほかの動物園や水族館の取り組みを学ぶ。例えば、動物園のオラウータンの展示場でよく使われている、消防ホース。丈夫で柔軟性があるため、吊り橋やハンモックなどに用いられている。これをクマにも応用しようということで、近くの消防署に声をかけて古くなったり、穴が開いて使えない消防ホースを無償で譲ってもらい、ハンモックやタイヤを結び付けた遊具を作った。それを獣舎に設置してみたところ、狙い通りクマたちは興味を持ち、よく遊ぶようになった。
消防ホース遊具は、展示場にも置かれた。展示場の樹の上にぶら下げて、高い位置に大好物のハチミツを塗ると、樹に登ってハチミツを舐めるようになった。その動きは、クマ本来の動きであり、運動不足解消になるだけでなく、お客さんにとっても見ごたえがあるものだ。
もうひとつ、勉強会を機に取り入れたのは、漁師が網を浮かせたり、目立たせたりする目的で使う浮き球。動物園でホッキョクグマの遊具として使われているところから、ヒントを得た。
「これはヒグマにも使えるなと思いました。でもいきなり経費で買ってもらうのは難しいと思って、休日に近くの漁港に行って、捨てられている浮き球を拾ってきました。その浮き球に穴を開けてエサを入れてみたら、ゴロゴロ転がしたり、抱き着いたりしていい反応があったので、それから2、3回、漁港まで浮き球を拾いに行きました」
浮き球のなかにエサを仕込む遊具は、効果が大きかった。それまで床に撒いたエサを食べていたクマたちが、浮き球のなかからエサを取り出そうと試行錯誤するようになり、採食活動の時間が大幅に伸びたのだ。この時、吉見さんをはじめ、飼育員たちはお金をかけずとも、アイデアと工夫次第で獣舎の環境を改善できると手応えを得た。
「その頃、当時の社長(西田吏利さん )がシンガポールの動物園で環境エンリッチメントの取り組みを見たようで、うちも大々的に力を入れようという流れになりました」