「カタカタ・カタカタ・カチカチ・カタカタ」
私は午後になっても、バタバタ茶を点てる人々の輪の中にいた。午前中とは面々が入れ替わり、女性ばかり10人が集まった。失礼を承知で年齢を尋ねてみると、そのほとんどが80代、90代とのこと。茶を点てながら情報交換したり相談事をしたり、噂話に花を咲かせたり。机の上に並ぶのはティーではなく黒茶、スコーンやケーキではなく漬物や煮物だが、これぞニッポンの茶会だ。ちなみに日本で流行中の「英国式アフタヌーンティー」は200年ほど前に大英帝国で誕生したものだが、蛭谷のバタバタ茶には、実にその3倍の歴史がある!
この集落では古くから、朝昼の挨拶が「茶のみにござい」という言葉から始まったそうだ。時代は移り変わり、互いの家を行き来して茶を飲む習慣は消えつつあるものの、この集落特有の濃密な人間関係がバタバタ茶によって支えられているという事実に変わりはない。ただし高齢化が進むこの蛭谷で、いつまで、どのような形でこのユニークな喫食文化が存続するのか、はっきりとしたことは誰にもわからない。
参加者のひとりが「冬は集まらない」と私に教えてくれた。考えてみれば富山県は日本有数の豪雪地。2メートル近く雪が積もるという蛭谷では、冬の間に人々が頻繁に顔を合わせることはしない。さぞかし時間を持て余しているに違いないと想像した私は「茶会がないと皆さん寂しいですね?」と老女たちに投げかけた。
すると、茶を沸かし茶請けを配る千代子さんが「全然。テレビを見て過ごすから」と白状し、茶会は笑いの渦に包まれ、私も一緒になって笑った。
北アルプスのふもとで、カタカタと音を立てて、泡立てた黒茶を嗜む。自由気ままな茶会に参加した私は、この上なく豊かな時間を過ごしていることに気がついた。