古くに建てられたであろう家屋が肩を寄せ合う集落のなかに「バタバタ茶伝承館」という標識を見つけて私は車を停めた。周囲の景観と溶け込んだ平屋造の建物の中から笑い声が聞こえる。開けっ放しにされた扉を中に入ると、長い座卓を囲むように座る老人たちの姿があった。彼らの中心には大きな鍋が置かれ、茶色い液体がグツグツと湯気を出している。あれが黒茶に違いない。私は挨拶をして、空いていたスペースに腰を掛けた。
「ご自由に。好きなように飲んでいってください」
奥にいた老女が鍋からお玉で茶をすくい上げ、茶碗に入れて私の前に置き、漬物の茶請けを添えてくれた。隣りにいたおばあさんが「どこから来た?」と声をかけてくれて、机の上にあった茶せんを取ってくれた。
私が茶せんを手に途方に暮れていると、別のおばあちゃんが「こうしてみろ」とばかりに手本を見せてくれた。
老女は小ぶりな茶碗を膝上に置き、先端が細くくびれた茶せんを素早く動かして黒茶をかき混ぜた。茶せんと陶器がぶつかり合い、カタカタと甲高い音がする。すぐに黒茶の表面にベージュ色の泡が立ち、20秒もするとかなりキメの細かい泡にかわった。さらに10秒ほど茶せんでかき混ぜたところで老女の手を止めた。見た目は完全に「黒茶カプチーノ」。スタバのマグカップで点てたら、SNSでバズるのは間違いなしだ。
待望のバタバタ茶を、私は一口飲んでみた。黒茶特有の複雑な香ばしさが広がり、それほど発酵の進んでいない若いプーアル茶とよく似た味わいがした。かき混ぜることでほんのりとした甘みが増しているように感じられるし、熱々に煮出した黒茶がちょうど飲みやすい温度に変化している。喉を通ると程よい苦さを残した素朴な後味が口の中に残った。甘み、塩分、旨味が絶妙に配分されたお茶請けの煮物を口にしながら、私は改めて、富山の山あいで後発酵茶を味わうという不思議に思いを巡らせた。