料紙の世界は、職人も材料も市場も先細りとなっている現状ではあるが、手に入りづらくなっているからこそ、良い料紙をなんとしても欲しいという書家たちも全国にはまだまだいる。
「そういう人を丁寧に拾って、注文をいただいています」と久さん。小室かな料紙工房の料紙は注文制作で、すべて手作業であるから、値段は決して安いものではない。得意先の注文は、多い人だと一回で10万円から30万円ほどにもなることもあるという。さらに第一線で活躍する書家からの注文はもちろんだが、書の愛好家でも定期的に大量に注文する人もいるそうだ。
現代は、オフセット印刷によって、大量に料紙を作ることさえできる時代だ。値段と量では既に伝統的な技法では太刀打ちできなくなり、本当にいいものなら当然売れる、という基準はもはや通じなくなった。伝統技術の良さを消費者に伝えて売ることができる人もいなくなった、と久さんはいう。小室かな料紙工房では注文制作のみしているのもそのためだ。
「やっぱり書き味とか、風合いで勝負していかないと。手作りの良さですよね。どうして手作業で作らなければいけないのか。なんでこんな高いものを我慢してお客さんに使ってもらっているのか、とその辺をもっとわかるようにアピールしていかないと先がないなっていうのは、最近すごく感じます」
そのためにお客さんから、どんな紙がよいのか、など相談を受けることもしばしば。活躍する書家たちの展覧会に行き、紙の話をして次の注文を受けてくることもある。
熱心なお客さんのなかにひとり、納めた料紙に必ず書画を書き、書き味などさらに要望を伝えてくる書家がいるという。毎回OKが出るまで、その人のためにぴったりの紙を作っていくので、とても大変な作業だ。そのお客さんが買うたびに書いて送り返してくる紙を綴ったファイルを見せてくれながら、「こうなると中途半端では放り出せないんですよ」久さんはにこやかに言った。久さんが特にやりがいを感じる仕事のひとつだ。
専門家たちだけではない。ずっと買い求めてくれる愛好家のなかには、「奇跡の書き味だ!」といって一回で50枚、100枚と買っていく人もいるという。値段にすれば1回で10万円というのだから驚きだ。
さらには最近では伝統工芸に興味のある若者や外国人に向けて都内の大学などで講演会をする依頼も増えてきたという。
「つい最近は、とにかく興味があって工房見学したいと、長崎からやってきた若い女性もいましたね」
遠くからだけでなく地元の大学生が、技術を学んでみたいと1週間ひとりで工房に体験しにきたこともあった。伝統工芸の世界が希少で特別なこととなっている今、その魅力に気づき、興味を持つ若者もじわりと増えているということなのだろう。小室かな料紙工房ではこのような見学や体験について、希望があれば随時受け入れている。