実は私は、サキさんのプラウができるのを待っていたがために、東京に戻るための最終電車を逃してしまった。しかし羊肉の香り漂う炊き込みご飯を一口食べてみて、「帰らなくてよかった!」と心から歓喜した。
サキさんの作るマトン・プラウは、想像以上にシンプルで、辛さもほとんどない。巷で人気のビリヤニのような味の派手さも色彩の豊かさもないのだけれど、羊肉とスパイスを重ね合わせた繊細な風味が、ふわりと炊きあがったお米にしっとりと染み込んで旨味になっている。例えるなら、久しぶりに実家で母親の手料理を食べたときの、舌も心もこの上ない安堵に浸るような味覚体験。「祝いの席では必ず出されるソウルフード」というサキさんの説明にも納得の味わいだ。「プラウ」という言葉からしても、その作り方からしても、西アジア一帯で家庭の味として受け継がれる炊き込みご飯「ピラフ」の一種であることは間違いない。
出来上がる時間を見計らって、若いパキスタン人が店に入ってきた。サキさんはできたてのプラウをプラスチック製の洗面器いっぱいに詰め込み、その客に手渡した。大胆かつ合理的な発想に私は目が点になった。しかし彼は容器のことは気にも止めず、「これ、ウマいんだよね~」と流暢な日本語で私に語りかけ、颯爽と店を後にした。