その日の夜、パキスタン北東部のパンジャブ料理を提供するという「ザイカ・カレーハウス」を訪れた。オーナーのムハンマド・サキラィン(以下サキさん)さんは、現地の5つ星ホテルのレストランで腕をふるった料理人。来日後、22年前に「カシミール」に招かれて富山に赴いた。「カシミール」は中古車輸出業が盛んだった時代、パキスタン人業者の会社の敷地内で開業した、イミズスタンの歴史を象徴する名店だ。サキさんはそこで初代総料理長を務めた伝説的なシェフなのだ。
店内でサキさんが仕込みをしていた。メニューを手渡され「何が食べたい?」と聞かれたので、私は「一番人気はどれ?」と逆に質問した。すると、「『マトン・プラウ』ね。パキスタン人はみんな大好き。でもそこに載ってない」と、まさかの返答。店のシグニチャーディッシュを品書きに載せないって、一体どういうこと?
しかしその疑問は次第に晴れた。というのも、作るには手間暇がかかるのだ。サキさんが親切にも私を厨房に入れてくれ、作り方を教えてくれた。
まずは、羊肉をたっぷりの塩水で1時間半くらい煮る。ホロホロになったころにフライパンでにんにくと生姜とスパイスを炒め、香りが出たら羊肉も入れて炒める。さらにフライパンに羊肉の茹で汁を入れ、パキスタンやインドで料理に使用されるインディカ米を生のまま投入、水がすべて蒸発したのを確認してから、しばらく蒸らす。完成までに2時間近くかかるため、オーダーが入ってから作るのでは到底間に合わない。よって必然的に事前のオーダーもしくはテイクアウトのみで提供することになるのだ。