ノルウェーでの2年間を経て、2017年の暮れに帰国した原さんは、自身の工房「ハーディングフェーレ&ヴァイオリン工房K」をオープン。日本のハーディングフェーレ奏者にとっては心待ちにしていた存在だったのではと聞くと、顔をほころばせた。
「『やっと現れた』と言って工房に来てくれる方々がいらっしゃいました。僕自身はこの楽器を知ってからまだ10年も経っていないのですが、やはり奏者のなかには10年以上前からハーディングフェーレを知っている方々もいらっしゃって。以前は楽器についての情報も少なかったと聞いています」
現在、奏者たちの精力的な活動やSNSなどを通じて、徐々に「やってみたい」と問い合わせが増えているというハーディングフェーレ。日本で魅惑の楽器が手に取れるのは、心から安心して預けられる職人がいるからだろう。
帰国してからの原さんは、楽器の製作や修理を中心にしながらも、ノルウェーからハーディングフェーレを仕入れて販売もしている。現地でも気軽には買えないハーディングフェーレを始めてみたい人にとっての窓口の役割にもなれたら、と考えているそうだ。原さんが作った楽器が売れなくなってしまうのでは? と余計な心配をして聞いてみると、原さんの真摯な人柄がわかる答えが返ってきた。
「僕が作る楽器はどうしても高くなっちゃうので。初めて挑戦する人がいきなりっていうのは難しいかなと。だんだん上達して物足りなくなってきたら高いものに買い替えてもいいし、ずっと同じ楽器と付き合っていってもいいと思います。もちろん、もし買い換えるとしても、僕の楽器以外にも選択肢はたくさんあります」
ほかにも、ハーディングフェーレの存在を知ってもらうため、イベントの主催や登壇も積極的に行っている。奏者の力になりたいのはもちろん、やはりこの楽器が好きだから、と手元のハーディングフェーレを優しく触った。
「ハーディングフェーレに出会ったことが、どこかで役に立ったらいいなと思っています。以前、小学校の音楽の時間にゲストで呼ばれた時の感想文のなかに『いつか原さんみたいにハーディングフェーレ作ってみたい』という子がいて。一時の感情だったとしても、そうやって小さい時に職人や楽器に出会ったことが、今後のなにかのきっかけになれたら嬉しいなと思います」
最後に、贅沢なことに原さんがハーディングフェーレを演奏してくれた。インターネット上で聴いてはいたものの、それとは比べ物にならない音量と空気の震えを感じる。1本の弓で弾いているのに、いくつもの音が重なっていくのが不思議だ。高音と低音が代わる代わるメロディラインを奏でて、心地よい曲が進んでいく。そして、追いかけるように共鳴弦から音が部屋全体に響く。
その音色に耳をすませていると、ノルウェーには行ったことがない私ですら、雪を被る山々やきれいな水のフィヨルド、しんと澄んだ空気までがそばにあるようだった。この音色で、原さんはいつでもノルウェーに帰れるのだなと思った。原さんによれば、ノルウェーはずいぶんとのんびりな国らしい。広々とした自然に囲まれた、穏やかな国とも言える。日本で忙しく過ごしているときこそ、この音色でノルウェーに連れて行ってもらえたら、と思った。
最後の音が止まっても、余韻はいつまでも続いていた。