原さんがハーディングフェーレに出会ったのは、職場で雑誌をぱらぱらとめくっている時だった。優美な装飾に目を奪われ、説明書きを読んでみると「ノルウェーの民族楽器」と書いてある。その時、原さんの脳裏にイギリス留学中のある光景が蘇った。
「休みの日に同級生たちとパブに行ったら、何人かでセッションが始まったんです。イギリスのパブで楽器を持ち寄ってセッションするのは、よくあることで。友人たちがソファに座って、ヴァイオリンやギターなどそれぞれの楽器で軽快なアイルランドの民族音楽を弾き始めました。店内のお客さんはお酒を飲みながら喋ったり、踊ったり。それまでヴァイオリンに持っていたクラシックの堅いイメージとまったく違う楽器の使い方に、なんだこれは! と衝撃を受けました。民族音楽っていいなと思うようになったのはその時からです」
コンサートホールで静かに聴くクラシックのイメージが強いヴァイオリンだが、ヨーロッパではケルト音楽などの軽快な曲やダンスの伴奏に欠かせない楽器でもある。同じ楽器でも、クラシックを弾く場合は「ヴァイオリン」、民族音楽を弾くのは「フィドル」と呼び名も変わるという。原さんは留学中にアイルランド音楽などに触れる機会も多く、国に根付いた身近な民族音楽に魅了された。
ハーディングフェーレについて調べてみると、日本にも奏者が少なからずいること、しかし専門で直せる職人がいないこと、修理やメンテナンスのためにはノルウェーまで楽器を送らなければいけないことなどがわかった。
「ヴァイオリン職人の僕のところにハーディングフェーレを持って来られても、きっと断っていたと思います。なにかできたとしても、正しく直せているのかわからないから。僕も楽器が身近にある人生を送ってきたので、なにかあった時に直してくれる人がいなかったり、メンテナンスできる環境がなかったりするのは、すごく不便なことだなと思ったんです」
困っている人がいるなら、助けになりたい。自分が修理できるようになったら、もっと彼らの役に立てるんじゃないか。そう考えた原さんの頭のなかには、ハーディングフェーレ職人になる未来がうっすら見え始めていた。そして、その未来を確かなものにするために、2014年11月、今度はノルウェーに飛んだ。