3泊5日でノルウェーを訪れた1年後、2015年11月。今度はもっと大きな荷物とともに、原さんはノルウェーに来ていた。これから2年間、現地のハーディングフェーレ職人オッタール・コーサさんのもとで楽器の制作と修理を学ぶのだ。
「当時は、修理専門の方やアマチュアとして楽器を作っている方を除いて、プロの職人は僕を入れて6人ぐらい。オッタールさんは、ノルウェー国内だけでなく、海外からの注文も受けて制作や修理をしているようでした」
もともとヴァイオリン職人として働いていた原さんにとって大変だったのは、やはりハーディングフェーレ特有の装飾部分。特に「ロージング」と呼ばれる手描きの模様には苦労したそうだ。「誰にも信じてもらえないんですが」と切り出す。
「もともと絵を描くのが下手なんですよ。今でもなにか描いてって突然言われたらうまく描けないと思います。一本目のハーディングフェーレはぜんぜん描けなくて、嫌だ嫌だと思いながらやってたんですけど、練習したら徐々になんとかなってきた感じです」
ロージングは、職人たちがそれぞれ好きなように描く。多くは昔から伝わる模様をベースに描かれるが、なかには今までにないような絵柄で個性を出す人もいる。
「僕自身はずっとオリジナリティを出すのが得意ではないと思って描いていたんですけど、最近は作品をSNSにアップすると『これは圭佑のスタイルだね!』と言われることが多くなってきたので、特徴はあるんだろうなと思ってます」
見せてもらったのは、最近のオリジナル作品『太陽と月』。表板に太陽、裏板に月がゴールドで描かれている神秘的なデザインだ。ハーディングフェーレではゴールドの塗装は珍しくないが、使われるのは主に「ヘッド」と呼ばれる先端の部分で、本体ではあまり見ないので挑戦してみたのだという。太陽と月が世界を照らし、花などの植物が咲き誇る様子が、ひとつの楽器で表現されている。
「ノルウェーにいる時、煮詰まっちゃうのは大体デザインを考える時でした。新しいものを考えなきゃと思うほど難しくて悩んでしまうんです。そういう時、ノルウェーでは散歩に行くことが多かったかな」
修行中は、ときどき襲ってくる将来の不安に落ち込むこともあったという原さん。元気付けてくれたのは、ノルウェーの大自然と、師匠のオッタールさんを含む現地の人たちだった。
「オッタールさん一家の目の前に住んでいたので、当時まだ小さかった子どもたちと遊んだりしていました。僕はノルウェー語もあまり習得できなかったんですけど、彼らと遊ぶ時はあまり言葉もいらなかった。振り返ると、本当にあの子たちがいて良かったなって救われた瞬間が何回もあります」
工房のなかでひとり、黙々と楽器に向き合う時間は、ある種孤独なものだったのかもしれない。けれど、そこから一歩出れば、雄大な自然と温かな人々が柔らかく包み込んでくれた。ノルウェーという国に助けられながら、原さんはハーディングフェーレ職人になったのだ。