未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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軒先の野菜といっしょに育つ町 EDIBLE WAYをたどりながら

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.214 |25 July 2022
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#5食べられる道づくり始動

「せっかく研究生になったんだからと仕事に関係のある都市計画の授業も取り始めたら、これがおもしろくて! 阿佐ヶ谷住宅がどうやって計画されて、あんなにも豊かに育まれていったのかを研究してみたくて、気づいたら博士課程に進んでいました」

特に江口さんを惹きつけたのが、木下勇教授の授業だった。住民参画型のまちづくりなどを専門とする教授の授業は、江口さんがロシアで感じていた「都市計画ってなんだろう」の対極にあるボトムアップのまちづくりの形。住人たちが自分たちのしたい暮らしを、自分たちでつくっていく手法の数々に、江口さんは可能性を感じた。

そうして出会ったのが、「エディブル・ランドスケープ」という考え方だ。

「エディブル・ランドスケープは直訳すると『食べられる景観』で、植栽の大部分が果実や野菜、ハーブなど食べることができる植物で構成される景観づくりの手法です。コミュニケーションを誘発し、コミュニティ形成に役立つと言われています。イギリスには町のなかに誰でも食べ物を植えられて、誰でも採って食べていいという場所があるんです。この考え方を知った時、阿佐ヶ谷住宅で体験していたのはエディブル・ランドスケープだったんだと思いました」

しかし、木下教授の長年の調査では、エディブル・ランドスケープを公共の場所で実現するのは日本では難しいことがわかっていた。公共の場所で特定の誰かの利益になるものを作るのは不平等である、という考え方があるためだ。

「日本は個人の庭なら育てられるんですけど、公共の場でやると『公共物の私物化』に当たる、と。平等性に欠けるのと、衛生面を気にする人もいるので難しいことがわかりました。エディブルウェイのエリアにも2年ほど前までコミュニティ・ガーデンがあったのですが、野菜はNG。菜の花を育てていたら、食べられるんじゃないかと苦情がきたことがありました」

公園や公道など、公共の場所で野菜は育てられない。「食べられる景観」というコミュニケーション方法は、そもそも日本では不可能なのか。模索していくなかで江口さんが思いついたのは、私有地と公道のあいだのグレーな部分である家の軒先、玄関前の空間だった。

「家の前の空間は、道路なんだけどギリギリ自分の家でもあって、すでに植物を置いている家も多い。プランターだったら、もし『公共の場なのに』って怒られたらすぐに移動させればいいと思ったんです。これなら『食べられる景観』がつくれるかもしれない! とプロジェクトをスタートさせました」

エディブルウェイに入っている「Way」という単語は「道」と「方法」という意味を持つ。日本では難しいとされている「食べられる景観」を形にする“方法”を、この“道”を通じて発信するという、ふたつの意味が込められた名前だ。

江口さんたちプロジェクトチームは早速プランターと種・苗を用意し、千葉大学から松戸駅までの間にある家々を訪ねた。千葉大学の園芸学部があるからなのか、「園芸学部で苗を買って育てているよ」とお話ししてくれるような園芸活動や家庭菜園の長年の経験者も多かったと江口さんは振り返る。

「一軒ずつ声をかけて回ると、やってもいいという方が少しずつ増えていって。以前参加していたコミュニティ・ガーデン活動に参加するのが難しくなった高齢の方でも、家の軒先だったら育てられるよって参加してくれました」

2016年に始まったエディブルウェイは、最初の半年で20軒ほどが参加。徐々に参加者を増やしながら、現在は60世帯近くが軒先で野菜を育てており、120個以上のプランターが町中に置かれている。口コミで参加者が増えることもあれば、運営メンバーの渡邉さんのように、町中に増えていく黒いプランターが気になってプロジェクトチームに声をかける人もいる。

「子どもと散歩していたらお揃いのプランターがたくさんあって、なんだろう? と思っていたんです。ちょうど江口さんが台車でプランターを運んでいたので『どうすれば参加できるの?』って聞いたのが始まりです」

こうして、種は撒かれた。各家の軒先で芽が出るのと同じくして、松戸の小さなエリアにも少しずつエディブルウェイの活動が浸透していったのだった。

千葉大学の看板が見えたあたりが、エディブルウェイのゴールだ。
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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