こども図書館を真鶴でも受け継いでゆくと決めたことが、それまでぼんやりと考えていた「実店舗を持つ」という構想を一気に加速させた。『こみち文庫』が閉まる2022年3月までに、3000冊を超える蔵書を受け取れる場所を作らねばならない。
「まだ何も決まってないのに、引き受けちゃった。神保さんの想いを受けて、どうしても形にしないとって物件探しに一生懸命になれましたね」
真鶴にある空き家は500軒を超えるのだが、ほとんど市場には出ていない。修繕のお金や手間、相続の問題などで、不動産屋が扱うこと自体できない物件が多いという。竹夫さんと道子さんも、なかなか希望の物件が見つからなかったり、ここだ! と思ったところもなかなか借りられなかった。
そこにかかってきたのが、またもや一本の電話。今度は、ずっと一緒に物件を探してくれていた不動産屋で、ある物件が借りられそうだから内見しないかという電話だった。
「後から聞いたら、不動産屋さんが私たちのためにわざわざ持ち主の方に交渉をしてくださったらしくて。もともとは貸さないし売らないとおっしゃっていた家主さんが、その交渉で心を開いてくださったと聞きました。本当に地元の不動産屋さんの応援がなければ契約できなかったと思います」
物件が決まった後も、真鶴の人々に助けられたとふたりは振り返る。リノベーションでは、地域の人たちが代わる代わる手伝いに来てくれた。近所の左官屋さんが壁の塗り方を教えてくれ、町の人たちと一緒に壁を塗ったのは良い思い出だ。
「移動本屋を長い間やっていたからこそ、自分たちのことを町の人に知ってもらえた。いきなり本屋をオープンするってなったら、ここまでいろんな人に関わってもらえる状況にはならなかったかもしれません」
また、リノベーションを含めた店舗の立ち上げ費用を集めるために活用したクラウドファンディングでは、支援者は真鶴町内外合わせて160人を超え、200万円が集まった。しかし、期間中は思うように支援が集まらず、一時は達成を諦めかけていたという。
「もう無理かもしれないと思っていたら、たまたま近くに住んでいる方が『企業のクラファン支援の仕事をしているので手伝いましょうか』と連絡をくださったんです。きっと見るに見かねて……。いろいろとノウハウを教えてもらったら希望が湧いてきて、なんとか達成できました」
ここでも力になってくれたのは、ご近所さんだった。応援して手助けしたくなるのは、真鶴という土地柄なのか、ふたりの人柄なのか。本屋がなかった町にできたお店は、真鶴の人たちと一緒に作り上げたものだった。
カフェエリアの奥の小部屋は、「こみち文庫」から受け継いだ書籍を並べたこども図書館。入口は子どもたちの背丈に合わせて少し低くしてあり、「ここはあなたたちのための部屋ですよ」と呼びかけているよう。もとの建物の造りそのままだという大きな窓が解放的で、真鶴の太陽の光が磨りガラス越しに明るく部屋を照らしていた。
長年、教育系のNPO法人にも携わってきた道子さんは、こども図書館に込めた想いを語る。
「今の子どもたちって、大人の社会に影響されて生き急がされてるような気がしていて。本当はゆっくり育てばいいのになって思うんです。だからこの場所だけは、子どもたちが自分のペースで好きなことをしたり、誰からも束縛されない自由な遊び場・読書スペースが作れたらと思っています。なおかつ、ここに来てくれる多様な人と出会って、いろんな大人がいるんだよと伝えていきたいですね」