道草書店の奥には、小さな庭がある。当初はジャングルのようだったという庭は、今は整えられて石の小道などもあり、季節を感じる景色となっている。まだ現役で使えるという井戸を、いずれ誰でも汲み取れるようにしたい、と竹夫さんは言った。今回のリノベーションでは手が回らなかったが、庭のさらに奥にある平家も敷地内なので、今後どのように使っていこうか検討しているのだそうだ。
「寺子屋や宿泊施設もできたら楽しいなあ、なんて楽しみに考えています。真鶴の『文化の発信地』になれたら嬉しいですね。町内外の文化的な人や事が集まる場所になって、それが町の発展にもつながって。そういう場所に、子どもたちがふらっと遊びに来てくれたらと思うとワクワクします」
道草書店のクラウドファンディング支援の半分は、真鶴以外の地域の人たちだ。応援コメントには「いつか真鶴に遊びに行きます!」の言葉が並ぶ。真鶴の人たちの協力を得て作り上げた本屋が、すでにこの町に人を呼びつつある。この「文化の発信地」で、これから多くの人が出会い、つながっていくのだろう。
移動本屋をしながら、各所で絵本の読みきかせ会や映画上映会、読書会などのイベントも開催してきた道草書店。拠点を持つことで、そういった活動にもより力を入れていきたいとふたりは楽しそうだ。
「やりたいことはあるけど不安だなっていう方が、この場所を使って実験的にイベントをやってみたり、何かチャレンジの場所として使ってみて欲しいです。そういう人たちをサポートする黒子になりたいですね。小さくでも始めてみたら、つながりができて動き出しますから」
軽自動車で運べる、最小の本屋さんからスタートしたふたりだからこその言葉だと感じた。彼らがサポートしてくれるなら、思い切って何かにチャレンジしてみようかなという気持ちになる人もいるだろう。
「店番も日替わりでいろんな人にやってもらいたいですね。お店に来る人も今日はどんな人に会えるかなって楽しいでしょ。店番でもイベントでも、それぞれが主役になれる場所にしていきたい」
人が主役の本屋には、これからどんな人たちが集まってくるのだろう。ここに来れば、いろいろな人生の物語に出会えそうでワクワクする。
「エシカルなことを生業にしよう」という、移住当初にふたりが掲げた目標は達成されたのだろうか。店内を見回すと、わかりやすいSDGsやエシカルの本ばかりが並んでいる訳ではない。けれど、人と町を愛し、子どもたちの未来に種を蒔くこの場所は、エシカルと表現するのにピッタリな気がした。
「突き詰めると、自分たちが考えるエシカルは『人はどう幸せに生きるか』ってことなんじゃないかなって思っていて。ここで本に出会って、人に出会って、エシカルって特別なことじゃなくて日常の中にあるんだよと知ってもらいたいですね」
太陽の光がいっぱいの店内に、コーヒーの香りと子どもたちの声とが共存する空間。そこにある本の数々は、私たちを癒し、励まし、時に人生を後押ししてくれるものかもしれない。あなたはどう幸せに生きるのか――。道草書店の看板に書かれた「ETHICAL BOOKS」の文字は、そんな小さな問いかけを人々にそっと投げかけている。