未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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移住夫婦が、真鶴で「人が主役」の本屋をひらくまで この町には、本屋が必要だ。

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.213|11 July 2022
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#2退路を断つ

真鶴に来る前、竹夫さんは整体師、道子さんは会社員をしていた。しかし、移住するにあたってふたりは仕事を辞めている。わざわざ仕事を辞めなくても……と思ってしまうが、そこには彼らなりの理由があった。

「退路を断つ、という一点です。移住を決める直前に読んでいた、株式会社マザーハウス代表の山口絵理子さんの『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方』という本に影響されましたね。本の中には、『相反する二軸をかけ合わせて新しい道を創造する』とあって、当時悩んでいた仕事と育児の在り方を再考するきっかけとなりました」

山口さんがいう第三の道にふたりが心揺さぶられた理由は、日頃から仕事と子育ての分断を感じていたからだった。

「娘を保育園に預けて働いて、すれ違う他の親たちとも挨拶程度の関係。子育てで苦しい時にも助けを求める先がなくてつらかったですね。東京での生活は、正直なところ育児を犠牲にしまくりという感じだったので、山口さんの言う『第三の道』はすごく腑に落ちて。それを実現するために、移住先では夫婦ふたりでゼロから生業を作っていこうと決めました」

子育てには地域のつながりが必要不可欠と感じながらも、都会では壁の高さを感じていたふたり。今はこの小さな港町で、地域と家庭が混ざり合う心地よさを感じている。

「真鶴に来てみたら、少しびっくりするくらい周りとの距離が近くて。さっきみたいに、知らない人でも知り合いみたいに話しかけてくるんです。でも、それがどんどん心地良くなってきて、むしろ助けてほしい時にお願いしやすい空気だと感じてます。最近は近所のおばちゃんが『忙しい時は子どもを見ててあげるからね』って言ってくれたのが、本当に嬉しかったです」

夫婦で生業を作ると決めたふたりは、まず『エシカル真鶴』という名で会社を設立した。国際協力団体でのインターンシップや、ガーナで子どもたちにサッカーを教える経験をしてきた竹夫さんと、イギリスの大学院で開発学を学び、オーガニックコットンを扱う企業に勤めていた道子さんが「エシカル」をキーワードにしたのは自然な流れだった。

「何をするかはノープラン。だけど、何かをするなら自分だけではなくて、社会にもいいことがしたい、という気持ちが強かったんですね。売り手、買い手、社会、の三方良しな世の中を目指して何かエシカルなことを仕事にしよう、と。そこだけは決めていました」

さあ、退路は絶った。ここからふたりの生業探しが始まる……と思ったときにやってきたのが、新型コロナウィルスだった。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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