いよいよタケさんを通して、私のおじいさんが降りてきた。
と言ってもタケさんは南部弁のままなので、自分のおじいさんの声を聞いているような気は、あまりしなかった。「オレは、目の中に入れても痛くないようなお前たちのことを、いづも気にかけているンだよ」とタケさんを通したカンペキな南部訛りのおじいさんがいう。
半信半疑で耳を傾けていると、タケさんの声で「鳥のように、ツバメのように、お前たちをいづも、いづも見守っているンだよ」とうたうように聞こえてきたので、私はハッとした。なぜなら祖父は小さな鳥が大好きな人で、元気だった頃は可愛い小鳥を何羽も飼って育てていたからだ。そして野鳥を眺めるのも大好きで、私が住む家にツバメが巣を作ると、「いいなあ、羨ましい。ツバメが巣を作るのは、いい家の証拠だ」と言って遊びにくるくらいだったのだ。
あら。これは、ほんとのおじいさんかもしれない……と私は思った。
そしておじいさん(のタケさん)は、悲しそうな声で、こうも言った。「喉が渇いて好ぎなお茶も飲みたいンだけども、あの世では自分で飲むことができない。おまえたちが持ってきてくれないと」
ドキリとした。以前の私は毎月のように祖父のお墓参りに行ってお花や水を備えていたのだけれど、この一年のあいだ、仕事がとても忙しくて、ほとんどお墓参りに行ってなかったからだ。心の中ではいつも、行かなきゃ! と思っていたが、実際にはなかなか行けないことで、ますます後ろめたく思っていたところだった。
わ! おじいさん、ごめん。お墓参りに行くよ。お茶を持って行くよ。
口寄せしている真っ最中だったが、思わず私は、タケさんの背中をさすり続けて謝った。
するとタケさん(のおじいさん)は、また優しい声色に戻って、「車の事故や怪我に注意するようにね、○月○日は特に危ないから」などといろいろなことを教えてくれたのであった。
しばらくすると、いつのまにか最初のタケさんの口調に戻っていて、私のおじいさんの雰囲気は消えていった。口寄せが終わったのだ。どこかでおじいさんから別れの言葉があったような気もするが、よく覚えていない。