未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
212

イタコに会いに カメラマンたちとゆく小さな旅

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子(クレジットないもののみ)
未知の細道 No.212|27 June 2022
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#3最後の盲目のイタコ

八戸の町から南郷地域へと車を走らせる。昔は南郷村とよばれていたというこのあたりは、のどかなところだ。青森の長い冬もやっと終わり、すっかり暖かい。

イタコというと、青森県下北半島の有名な霊場「恐山」を思い浮かべる人も多いだろう。でも今から会いに行く〈最後の盲目のイタコ〉として名高い、中村タケさんは、なんと八戸市内の自宅で口寄せを行っている。高齢なこともあって随分前から恐山には行かずに自宅で口寄せをするようになったのだと、烈くんはいう。タケさんに会うのに、電話の予約が絶対に必要なわけではないらしい。遠方の人は、人づてに聞いた電話をかけくることも多いが、近所の人たちはノーアポで訪れる人も多いという。
「とにかく、タケさんのうちに行ってみれば会える」と烈くんはいった。

「家に行けば会える」
シンプルな日本語だけど、よくよく考えてみると不思議な言葉だ。誰かと会うためには、パブリックなことではもちろんのこと、プラベートにおいても、私たちは何事もアポイントが必要だからだ。
近所の人たちがよく来ていて、タケさんに悩み相談やおしゃべりをしていることも多いから、その時はしばらく待つかもしれない。と烈くんは重ねて言った。
まだピンとこないけど、なんとなく村の寄合のような、ちょっと楽しそうな空間が目に浮かんだ。

そうしてたどり着いた一軒の家の前。ここにイタコがいるのか、というくらいのどこにでもありそうな普通の、古くも新しくもないおうちだ。

ただし家の前のプレハブにマジックで小さく「イタコ 中村」と書いてある。もしこれが看板だとしたら小さすぎる! 思わず笑ってしまう。

「最後の盲目のイタコ」こと、中村タケさん

玄関で「こんにちはー、タケさーん! 中村でーす」と、烈くんが大きな声をかけると、奥から白髪頭の小さなお婆さんがあらわれた。中村タケさんだ。顔も体も小さくて「かわいい」という言葉がピッタリのお婆さんだった。目が不自由なのは、すぐ見てとれた。タケさんは優しげな笑みと、これまた柔らかい南部弁で「いらっしゃい」と私たちを迎えてくれたのであった。

「それで、誰をおろしたいの?」と、白いイタコの装束を纏ったタケさんは優しい顔で私に尋ねた。「死んだおじいさんをお願いします」と私は答えた。12年前に亡くなった祖父は、売れないアーティストだった私をよく理解してくれていた。今でもやめずに写真を続けてこられたのは、祖父の応援のおかげもある。その祖父と久々に話したい、と私は決めていた。

呼びたい死者の名前、没年月日、住所。この三つが死者の魂をおろし、対話を行う「口寄せ」に必要な情報だ。死んでも、生きていた時の住所って関係あるのかな? と、ちょっと思わないでもないけれど……、これは必要情報らしい。祭壇の前のタケさんの後ろに座り、背中に向かって、名前や住所を伝えていく。

(撮影:中村烈)

しかし御歳90歳のタケさんは、数少なくなったと言われるイタコの中でも最高齢。とにかく耳が遠い。私の言葉を何度も何度も、「え? 何? もう一度」と聞き返す。一回聞きとれても、次の質問を聞いているうちに住所を忘れてしまったりして、また「ん? あれ? 住所なんだっけ?」と振り返って聞いてくる。

そんなやりとりがひとしきり続いた。それが想像していた神秘的なイタコというより、よくいるふつうのおばあちゃん、という感じがした。そうか、名高いシャーマンも人間なんだ、とちょっとホッとする。

このやりとりの後、無事に全ての情報がインプットされた。やがてタケさんは祭壇に向き直って、仏をおろす準備の言葉である経文を南部弁で唱えていく。

(撮影:中村烈)
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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