それから3週間後の5月某日。私は約束通り、再び八戸を訪れた。烈くんにイタコのところへ連れていってもらうためだ。その日はちょうどマモさんと烈くんの写真展が八戸市立美術館のギャラリーで開催されていたので、まずそれを見にいった。
マモさんの作品は、長年撮り溜めている八戸のお祭り「えんぶり」やウミネコがくる神社として名高い蕪島(かぶしま)など。どちらもこの街のアイデンディティのようなものであり、特に小雪が舞うなかでの、えんぶりを切り取った写真は、見たこともないのに、なぜだかノスタルジックな気持ちになる。一方、烈くんの写真は、八戸の夜のクラブシーンを切り取った写真群。クラブで熱狂的に踊る人たちに、魚眼レンズで、これでもかと近づいた写真は猥雑でもあり、まるでイミテーションの宝石みたいに儚くも見えた。
一見、まったく違うテーマの作品だが、実は共通点がある。それはこの数年のコロナ禍において失われた、人が集まる場所、人と人の繋がりがもたらしたもの、そんなことに焦点をしぼって再構成した写真群だということだ。
つまりどちらの作品も、コロナ前とコロナ後の社会のありようを考えるためのドキュメンタリーなのだ。ゴールデンウィークということもあり、ギャラリーにはたくさんの人が入っていて、ふたりはお客さんに囲まれていた。
えんぶりという祭りにしても、クラブにしても、こんなに熱狂的な人の集まりが、この八戸のどこかに確かにあったのか、と思うけれど、すぐには想像がつかない。八戸だけでなくて、今の私たちはみんな、ずっとそんなものから遠ざかっていて、そういう熱気があったことすら、もう忘れかけているからだ。みんな、この過去を早く取り戻したい、と願っているんだな、と熱心に見ているお客さんたちの横顔を見て思った。
写真展会場を後にし、さっそく烈くんとイタコの元へ訪れることにした。
マモさんはラジオ局の仕事が終わったら後から来ると言う。