未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
206

震えて驚き発見する氷の世界へ マイナス41度の風に吹かれて

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.206 |25 March 2022
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#5わざわざ寒い思いをしに来る人はいない?

濡れたTシャツとジーンズを振り回す今野さん。

マイナス41度の世界から戻った僕が少し放心している間に、今野さんが子ども用のジーンズとTシャツを濡らして持ってきてくれた。そして、音楽フェスでタオルを振り回す若者のように、両手に持ったジーンズとTシャツをグルグル回転させる。その数秒後には、見事に冷凍されたジーンズとTシャツが自立していた。なんだか、透明人間っぽくて、ちょっと怖い。もし外に置いてあったら、「幽霊が出た!」と大騒ぎになりそうだ。

凍って自立するTシャツとジーンズ。

僕はこの後、人工的に作り出されているスターダストなどを見て(キラキラ輝いていて見惚れた)、出口に向かった。そこには売店があり、1000トンの氷の世界からいきなり現実に引き戻された。アイスパビリオンは、僕の想像をはるかに超える驚きと寒さを体験できる施設だった。それにしても、なぜこの施設ができたのか。館長の帆苅さんに話を聞いた。

「バブルの最後のほうに観光ブームがあって、なにか面白いことないのかとしきりに言われていてね。それで、北海道の風土、寒さ、雪をオンリーワンで表現しようと思ったんですよ」

帆苅さんは、考えた。日本の気候と人口分布を考えた時、いわゆる「雪国」に住んでいない人がだいたい7割。その人たちに向けて、「室内で面白おかしく寒さを体験できないか」と。 

このアイデアは、地元の人たちにはまったく理解されなかった。わざわざ寒い思いをしに来る人なんているわけないと言われたそうだ。しかし、地元の人たちの予想は外れた。帆苅さんは1987年、アイスパビリオンの前身となる「実験館」を開いた。すると、宣伝もしないのにお客さんが大挙して訪れた。その人たちの熱気で氷が溶け始め、床が水浸しになったそうだ。

3年目には、夏だけで十数万人が訪れた。それで「こんなに関心持ってくれるなら、大きいの作っちゃえ!」と今の場所にアイスパビリオンを作ったのが、1991年だ。より本格的に氷の世界を作りこむと、さらにお客さんが増えた。

「最大年間30万人かな。全国から自治体が見学に来ましたよ。寒さを体験するだけで、なんでこんなにお客が来るんだって(笑)。やっぱり、これだけ豊かな世の中だから、皆さん、なにか変わったことを体験したいんですよ。東京、大阪の人で毎年北海道に来れば必ず来るというリピーターが多いですね。なかには、1時間以上も出てこない人もいるんです(笑)。オンリーワンだからこそ、35年前に実験館から始めたことが、いまだに喜ばれているんじゃないかな」

新型コロナウイルスの影響でここ2年は集客が落ち込んでいるが、コロナ前にはお客さんの半数が外国人観光客で賑わっていたそう。確かにここは、雪を見たことがないような暑い国の人たちにとってはワンダーランドだろう。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
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