未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
174

いすみの車窓から始まる思索の時間 電車のなかでひらめきを。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.174 |25 November 2020
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明るく、朗らかな雰囲気のアイデアウーマン

僕の凹んだ気持ちを一気に回復させてくれた齋藤さん。詳しく話を聞いてみると、実は彼女自身がアイデアマン、いや、アイデアウーマンだということがわかった。鉄道会社の社員としても、異色の存在だ。

2011年に早稲田大学表現工学科を卒業した齋藤さんは、オリエンタルランドに入社。エンジニアとして7年間、アトラクションの設計をしていたそうだ。2018年に退職後は、人の体験をデザインするUXクリエイターとして活動を始めた。

「地域創生をテーマにしていて、地域で問題解決していきながら、感動体験を形作るクリエイターになりたいなと思ったんです。ちなみに、UXデザイナーっていっぱいいるんですけど、UXクリエイターと名乗っているのは今のとこは世界で自分だけだと思います」

地元の千葉や東京を中心に様々な活動をするなかで、いすみ鉄道が社外から活性化の案を募る「いすみ鉄道支店長」制度で、里山ローカルエリアの支店長も務めた。それが縁となり、今年、いすみ鉄道の古竹孝一社長から声をかけられて、4月にトータルディレクター(TD)の職に就いた。TDとは「いすみ鉄道をこの先10年残すためにどんなことやっていくかをプランニングして、進めていく役割」(齋藤さん)で、さあUXクリエイターの腕の見せ所だと思っていたら、新型コロナウイルスの発生と感染拡大で、いすみ鉄道が窮地に陥った。

「観光客がパタリと途絶えて、通勤、通学の利用者もいなくなり、ひどい時は1日の売り上げが2000円の日もあったんですよ。ここまでくると社員に給料を払えないとかそれ以前の問題で、衝撃的な数字でしたね」

大原駅にはいすみ鉄道直営の売店もあり、オリジナルグッズも販売していて貴重な収入源になっていた。しかし、売店も閉めざるを得なくなり、大量の食品が行き場を失ってしまった。賞味期限が来れば廃棄するしかない。ここで、齋藤さんが動き出す。もともとエンジニアでITにも通じていたので、3時間で公式オンラインショップを作り、事情を明かしたうえで食品を販売したのだ。すると鉄道ファンを中心に注文が殺到し、見事に完売した。

さらに、コロナ禍の必需品「マスク」をオンラインショップで売りましょうと提案。「そんなの売れないよ!」「売れますよ!」というやり取りを経てオリジナルマスクを販売したところ、あっという間に人気商品となり、売り上げ枚数が1400枚、105万円になったという。

「オンラインショップは、誰でも無料で使えるサービスを利用して作りました。業者に依頼してお金をかけて立派なサイトを作る余裕も猶予もないので、危機的状況下でできることをできるメンバーで協力して形にすることに努めました。お客さんがほぼ途絶えて手が空いた人には、発送作業を手伝ってもらったりしましたね。自分たちができることをすぐやろうっていう感じです」

ワーケーションしてる風にしてもらった。ちなみに、齋藤さんのアイデアは車内で思いつたわけではない。
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。