未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
174

いすみの車窓から始まる思索の時間 電車のなかでひらめきを。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.174 |25 November 2020
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#3デスクワークだけが仕事じゃない

大多喜駅に併設されているいすみ鉄道のオフィス。

ワーケーションという言葉には宿泊、滞在するイメージがあったけど、いすみ鉄道は「移動しながら働く」ことを売りにしている。飛行機や新幹線のなかで仕事をしている人はたくさん見るし、自分も移動中に仕事をするのは珍しくないけど、それとなにがどう違うのか? ベタな旅先でワーケーションをするよりも、断然、気になる取り組みだ。某日、都内から電車を乗り継いで、いすみ鉄道に向かった。

しかし、僕のリュックにはパソコンが入っていなかった。なんと、取材に向かうその日の朝、パソコンが壊れて、まったく起動しなくなったのだ。書きかけの原稿が消失しただけじゃない。ワーケーションの取材に行くのに、パソコンが使えず、物書きの仕事である原稿の執筆ができない。それはもうワーケーションではなく、バケーションなんじゃ? と自分にツッコミつつ、せめて、と自宅にあった小さなiPad(だいぶ前に購入したもので、今は主に6歳の娘が使っている)を持って家を出た。

自宅の最寄駅から電車に乗り、錦糸町で総武線に、蘇我駅で外房線特急わかしおに乗り換え、いすみ鉄道の始発が出る大原駅へ。いすみ鉄道の本社は、そこからさらに7駅先にある大多喜駅にある。最寄り駅から約2時間半。僕は千葉出身だから途中まで馴染みの景色だったけど、わかしおに乗ってから「旅感」が出てきた。

この数日前、フェイスブックで「いすみ鉄道の動くワーケーションを体験したい人、一緒に行きませんか?」と呼びかけたら、同業のオカジマさんが手を挙げてくれて、錦糸町から合流した。のっけから「パソコンが壊れちゃって」と暗く打ち明けると、「こういう日に限って、ということってありますよね……」と静かに慰めてくれた。

ライターにとってほとんど唯一無二ともいえる仕事道具(パソコン)を持たずにワーケーションの取材に来るという情けなさと申し訳なさでいっぱいの気持ちを和らげてくれたのは、いすみ鉄道のトータルディレクター兼営業課長で、ワーケーション列車の発案者の齋藤麻由美さん。

早稲田大学表現工学科卒、オリエンタルランドからフリーランスを経ていすみ鉄道に就職した齋藤さん。

「うちの列車は揺れるので、集中してなにかお仕事をするというのは正直、難しいと思います(笑)。オフィスやワーキングスペースって自分の席があって、そこで集中する場面が多いと思うんですけど、列車は動くので、流れゆくのどかな景色を眺めながら、ミーティングやアイデア出しに使ってもらえるといいなあと思って、ワーケーション列車を始めました」

なるほど、そうか! 原稿は集中しないと書けないけど、ライターにとってアイデア出しも大切な仕事のひとつ。デスクワークだけが仕事じゃない。アイデアを考え、企画を立てるだけなら、スマホ一台で完結できる! 

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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