仕事を意味する「ワーク」、休暇を意味する「バケーション」を組み合わせ、旅先でリモートワークをするという意味の造語「ワーケーション」という言葉がにわかに注目を集めるようになったのは、今年7月。コロナ禍で観光業界が大打撃を受けるなか、日本政府が「新しい旅行や働き方のスタイルとして普及に取り組む」と発表したのがきっかけだ。僕は、休暇中は一切仕事をしないで、遊んだり休んだりすることに集中するタイプなので、「バケーションの最中に仕事をしたらせっかくの休みが台無しじゃん!」 と思っていた。
でも、ワーケーションという造語にとらわれず、休暇中に仕事をするのではなく、オフィスを出て、非日常の空間で働くことと捉えれば魅力的だし、なにかしらの効果もある気がする。例えば、締め切りに追われた文豪が温泉宿に逗留し、原稿の執筆に集中する、いわゆる「缶詰め」はワーケーションの走りだったのかもしれない。
そう考えると、ワーケーションに興味がわいてきた。自分がワーケーションするなら、どんなところがいいだろう? 振り返ってみると、24歳からフリーランスで物書きをしてきた僕は通うべきオフィスがないうえに旅が好きだから、本当にいろいろなところで仕事をしてきた。
ブラジル・サンパウロの安宿のドミトリーで夜遅くまで原稿を書いていたら、物置きだと思っていた場所からパジャマ姿の老人が出てきて、「パチパチうるさい!」と怒られたことがある。翌日、宿のオーナーに聞いたら、その老人は物置きを改装した小さなスペースを格安で借りて長期滞在していたらしいけど、部屋から出てきたのを見たのはその一度だけで、なぞの多い人だった。
2009年、南アフリカのクルーガー国立公園にサファリに行った時も、原稿の締め切りがあって、やむを得ず宿で仕事をした。アフリカ屈指の広さを持ち、ゾウやライオン、キリンが暮らす野生の王国で、まったく関係のないサッカーの原稿を書くのは、我ながら違和感があった。当時、広大な自然公園内の宿にはWi-Fiもなく、宿泊者用の共有パソコンはダイヤルアップ接続で、原稿と数枚の写真のデータを送るのにとんでもなく時間がかかって疲弊したことを覚えている。
今、世の中でイメージされている清く正しきワーケーションにはそぐわないかもしれないが、ここに挙げたようなネタには事欠かない。そう考えると、非日常の空間で働くという意味で、僕はワーケーションの先駆者なのかもしれない。パイオニアとして、ユニークなワーケーションを体験してみたいと探してみたら、発見した。それが「国内初の動くワーケーションスペース」を掲げる、「ワッペン・ワーケーション列車」だ。