いすみ鉄道の希望の星、齋藤さんに別れを告げた僕らは、平日に運行している車両に乗って終点の上総中野駅を目指した。Wi-Fi環境は良好で、オカジマさんは早速PCを広げて、なにやらパチパチしている。PCがない僕は齋藤さんのアドバイス通り、企画を考えた。
しばらくして、気づいた。いすみ鉄道が走るエリアは、それほど劇的な景色の変化があるわけじゃない。田畑があり、山があり、川が流れている。言ってみれば、それだけ。でも、アイデア出しにはむしろそれがいいのだ。車窓からの風景が見どころ満載だと、きっとそちらに気を取られて、観光気分になってしまう。落ち着いた雰囲気の里山の風景が淡々と続くからこそ、思考の世界に浸ることができるのだ。
上総中野駅で降りた僕らは、駅前の定食屋さんでランチをした後、周囲を散策した。徒歩数分の所にある中野山水神社は、明治時代の彫師、長谷川一虎作の立派な龍の彫刻が見どころだ。
さらにそこから2、3分の光善寺に向かっていると、畑仕事をしていたマダムが「こんにちは! どこに行くんですか?」と声をかけてくれた。光善寺です、と答えると、ちょっと待ってて、と言ってご自宅に戻り、すぐに出てきて、「これをどうぞ」。手渡されたのは、上総中野駅周辺の観光案内と、赤い折り紙で折られた千葉県のマスコットキャラクター、チーバくんだった。オカジマさんが、「チーバくんですね! これご自分で?」と尋ねると、マダムは「はい」と素敵な笑顔を浮かべて頷いた。こういう小さな、でも予想外の出会いこそ、旅のだいご味だ。
「ぜひ、お寺の鐘をついてきてくださいね」とマダムに勧められこともあり、長い石段を登った先にある光善寺で、鐘を突いた。勢いをつけすぎたのか、「ゴーーーーーンッ」と思いのほか大きな音がして、ビックリした。集落中に響いたことだろう。苦笑するマダムの姿が思い浮かんだ。
冒頭に記したハイキングに行く女性たちと出会ったのは、上総中野駅から大原駅に向かう帰りの電車だった。