二時間ほど歩き、角打ちができる老舗の酒屋さんをゴールに、まちあるきは終了した。せっかくなので酒屋さんのストーブにあたりながら、日本酒を飲ませてもらった。
ツアーのおかげで、すでにこの街の色々なことを知った。
石垣が見事なこと。路地が複雑なこと。コミュニティセンターが美しいこと。港に船が揺れていること。コロッケがおいしいこと。角打ちができること。街のあちこちから海が見えること。美味しいパン屋さんがあること。その全てが真鶴らしさ、“居心地の良い暮らし”を形作っている。
夕飯にはお寿司をゆっくりと堪能し、真鶴出版に帰った。広々としたラウンジで気兼ねなく静かな夜を楽しめるのもまたここに泊まる醍醐味だろう。本棚にはたくさんの本があり、私は川上弘美さんの小説『真鶴』を読みはじめた。
真鶴半島で真鶴出版に泊まりながら、小説『真鶴』を読む。世界が入れ子になってしまったような奇妙な気分だ。この小説は、「もしかしたら少し怖い気分になるかもしれません。真鶴がこの世とあの世の間として描かれているので……」という友美さんの言葉通りに、亡霊のようなものが現れ、人智を超えたことが次々とおこる不思議なものだった。さっき見た路地や干物屋さんが新たなイメージを持って、自分のなかに立ち現れた。大きな窓ガラスからは、ときおり路地をゆく人が見えて、ドキッとさせられる。
せっかくなので最後まで読むつもりだったが、いつしか眠くなってしまい、布団に横になるともう朝だった。
翌朝は、すっきりと晴れわたっていた。
ポカポカとした陽気に誘われて、レンタサイクルを借りて半島を一周してみることにした。
今日はどこに行こうかな――。
友美さんが「ここらへんが眺めがいいですよ」と地図に印をつけて、「いってらっしゃい」と送り出してくれる。
電動自転車なので、坂道でもスイスイだ。
そうだ、港をめぐって、海を見て、半島の先までいってみよう。途中で気に入ったお店を見つけたら、お昼ごはんをゆっくり食べよう。小説『真鶴』を読み終えられなかったのだけが心残りだけど、続きは次に来た時に読めばいい。そう決めると、勢いよくペダルを漕ぎ出した。