なかには、天井が高く、古さと新しさが混在する落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。本棚にはたくさんの本があり、大きなテーブルの上にはお茶が入ったポットがおいてあった。外があまりに寒かったので、あったかい場所にたどり着けたことが嬉しい。
「よくこんなにわかりにくいところに宿を開きましたねえ」
感心しながら言うと、川口さんは微笑みながら「そう言われればそうですねえ!」といま気がついたかのような口調で答えた。
「この(宿用の)物件を見つけてしばらく時間が経ってから、ここは“背戸道”に囲まれているんだって気がつきました。背戸道はまさしく真鶴の象徴だと思うので、余計にいいなと思うようになりました」
背戸道というのは、真鶴独特の路地を指す言葉だ。辺りには、狭くて複雑な路地が細かな網目のように張り巡らされているという。
友美さんも「この路地がいいんですよねえ」と頷く。
「道幅が狭いので、誰かに会うと無言で通りすぎることができないんです。こんにちはとか、寒いですねとか、なにかしら話すので、日々のコミュニケーションの場になります」
なるほどー!
改めて大きな窓からの景色を眺めると、そこから見えるのもやはり路地なのである。たまたま路地が見える、というわけではなく、わざわざ路地を見せているようだ。
この窓からの風景も、やはり“真鶴らしさ”を追求した結果なのだそうだ。「せっかく宿をやるのならば、真鶴らしい空間にしようと思いました。そう考えたときに、“抜けの悪い”空間がいいと思ったのです。通常、建築家が設計した宿だと、ばーんと景色が抜けていたり、清々しさがあったりするんですけど、『真鶴出版』の場合は、より複雑でいろんなものが目に入る、視線が当たってしまう、そんな建物を目指しました。段差や余白があったりすることこそが、真鶴らしさなんじゃないかと思うんです」(川口さん)
なんだか面白そうな街、そして面白そうな人たちだな、とワクワクした。