未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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100時間、絶食したことはありますか?

世にもストイックすぎる成田山新勝寺の断食修行に挑戦!

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.67 |25 May 2016
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#4三日目にして頭は澄んで身体もスッキリ軽くなる

2日目と同じ3日目がはじまる。「ループもの」と言われる物語のジャンルがあるが、今日がその日にあたると地獄である。

起き抜けにそんなことを思ったものの、身体のモードが切り替わった感触があった。頭が澄んでいて身体もスッキリと軽いのだ。お腹の減りも感じない。胃にエネルギーをよこせと言うのをあきらめ、今ある財産でなんとかするしかないと身体が切り替えたのかもしれなかった。そもそも人間は30日ぐらい水だけで生きられると聞く。風向きによって隣接する鰻屋から香ばしい香りが漂ってくるのがテロ極まりないのだが、心頭滅却すれば腹減りもまた涼し。食べ物の想像をしないことで、飢えをコントロールできることも学んだのだった。

大本堂への階段はさすがに辛かったが、護摩に参列しても気持ち悪くなることもない。昨日より儀式に集中することができた。そして道場までの帰り道、ほかの断食者と「今ごろ朝食の時間ですね」という話になる。実は、僕らが朝食を食べるようになったのは最近の話。およそ100年前、エジソンがトースターを発明したとき、その広告プロモーションとして「朝ごはんをはじめましょう」と喧伝したからなのだ。日本でも江戸時代までは1日2食が当たり前。昭和になって電灯のある生活がはじまったことで、深夜まで起きているようになり、夜食を食べるようになって、1日3食が定着したのだという。

ちなみに、本日の新メンバーはひとり。20代前半と思われるうら若き女子で、グルメレポについていくことが多い仕事柄、こんにゃくダイエットなどと悠長なことを言っていられない、今すぐストイックに断食せねば、と思って来たそうだ。道場の主に目をつけられそうなタイプである。

13時から「数息観(すそくかん)」と呼ばれる座禅に参加。すでに頭が澄んでいるので、すぐに無我っぽくなれる。無我すぎて数息観のことは何も覚えていない。そして15時。3日目にして初の説法が行われた。

そもそも「真言密教」とは何か。「真言」とはマントラと同じ意味で「仏の真実の言葉」。護摩のときに唱えていたお経がそれだ。日本語ではないと思っていたが、天から授かった神秘的な音であり、秘密語であるそうだ。その言葉の裏には深い意味が隠されている。その隠された教えを「密教」として布教したのが空海である。

「空海」は、遣唐使の留学僧として密教を学び、20年はかかると言われた修行を2年で習得して帰国したという。その教えは「三密」といって、手に印を結んで、口で真言を唱える、そして、心を仏の境地に住まわせれば「即身成仏」。すなわち究極の悟りを得られるというものだった。

確かに真言を唱え続けていると、一定かつ一点に集中することで、自意識が溶けていくような心地がする。これをさらに深めていくと無心となり、大日如来と通じ合えるというのも分かる気がしてくる。ちなみに大本堂で像として奉られている不動明王は、大日如来の化身である。

「真言密教と聞くと難しく聞こえますが、宗派の違いは、大学の学部が違うようなものです。得意とする分野が違うだけで、仏教として大体は同じなんですよね。でも、断食道場が残されているお寺はかなり珍しいです。二宮尊徳や水戸光圀、市川團十郎も新勝寺で断食をしたと言われていますが、昔の断食修行は21日間もあって、ほとんど水も飲まずにお経を唱え続ける過酷な修行だったと言われています」

真言密教、遣唐使、空海、二宮尊徳、平将門の乱……単語として覚えていただけの言葉が、断食を体験したことで意味を持ち、点と点が線となるような理解があるのは嬉しいものだ。説法を聞かせてくれたお坊さんはとても気さくな方で、「amazonのお坊さん便」についてまで幅広くお話を聞かせてくれた。

説法が終わると16時。明日の朝には卒堂して家に帰れるので、あとは寝るだけ。そう思うと、メールが見たい、ソシャゲしたい、タバコ吸いたい、風呂も入りたいし、なんだかんだ言ってシャバの飯が食いたい。明日からすべてが叶う夢のような生活が待っている、そう思えば思うほど煩悩があふれ出してくる。

あとは寝るだけ、それが最後の関門だった。丸2日ほぼ眠り続けてきたのに加えて、今日だって昼寝した。そのツケがまわってきたのだ。いくら目をつぶっても眠れないので、思考はえんえんぐるぐるまわり、そのオチはすべて食べ物に辿り着く。隣で寝ていた同期断食者も明日卒堂予定だったが、どうやら僕と同じ状態らしい。2人して消灯時間が過ぎてもゴソゴソとのたうちまわっていたのであった。

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未知の細道 No.67

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

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