未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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100時間、絶食したことはありますか?

世にもストイックすぎる成田山新勝寺の断食修行に挑戦!

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.67 |25 May 2016
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#2一日目にして飢えの激しさに打ちのめされる

当日の朝、僕はすでに飢えていた。

断食者は徐々に食事を減らしていく必要があり、断食する日数と同じ日数をかけて、3食おかゆにシフトしていくことが望ましい。しかし、意志の弱い僕は「今日からおかゆ」と思いながらも「カラアゲ定食」に手を出してしまい、前日になってあわてて絶食するという、急ブレーキをかけたのだった。

とはいえ、丸1日食べなかったことなら過去にもあるが、丸2日食べなかったことはない。恵まれた人生に気づかされるようでもあるが、とりわけ現世には誘惑が多すぎる。2日以上の断食を日常生活の中でやろうと思っても、とてもじゃないが意志が持たない。寺ごもりする必要性は、そこにもあるというものだ。

自宅を出てからというもの、コンビニを通るたびに条件反射で食欲が湧いてくる。梅干しを見ると唾液が出るというアレだ。なんとか意識と足を遠ざけながら成田に着いて、指定された「藤倉クリニック」を探す。しかし、ポケットにケータイはない。Googleマップのない生活など、今となってはどうやって過ごしていたものやら。

しかし、なんとなく表参道を歩いていくと、意外になんなく藤倉クリニックが見つかった。断食者は優先的に診てもらえることになっていて、健康診断といっても尿検査と血圧測定と聴診のみ。そして、いよいよ新勝寺へと近づいていく。

成田山新勝寺といえば、明治神宮に次ぐ全国2位の初詣スポット。お正月には300万人が訪れるという表参道は飲食店や土産物屋でぎっしり。まだ9時前なので開店こそしていないものの、名物の鰻料理を下ごしらえする職人たちの姿に思わずヨダレがほとばしる。いまわしきコンビニの姿も目に入るが、ここで「最後の晩餐」とかこつけて食いダメする断食者も多いだろう。あやうく僕も導かれそうになった。

そして、午前9時。断食道場の門をたたくと、「どうぞ」と厳しくも凛々しい電話の主の声がする。「失礼します」と言って襖を開けると、すでに同期となる新人断食者が2名、正座をして書類と向き合っていた。僕は、無意識のうちに足で閉めようとしていた襖に向きなおり、旅館の女将のように閉めなおす。正座に着くと目の前にあったのは「断食は自己責任で行います」という同意書だった。あらためて身が引き締まる思いがする。

署名を終えると、1日のスケジュールが書かれた紙を渡される。すべて5分前集合が鉄則だ。

  4:30:起床
  5:00:点呼のち掃除
  5:30:護摩というお祈りに参列
15:00:お坊さんから説法を聞く
18:00:門限
22:00:消灯

そして、さらなる禁則事項。「水しか飲んではいけない」「境内から一歩も出てはいけない」「18時以降は部屋からも出てはいけない」ルールは絶対。守れなければ即退堂。

「具合が悪くなる原因のほとんどが脱水症状。この紙に水を飲んだ杯数を正の字で記録して提出すること。量が少ないと退堂してもらうから。とくに女子。ダイエットか何か知らないけど嘘の申告をする人がいる」

同期のうち1名は女性だったのだが、主の視線がバチバチ彼女に飛んでいる。女子にも容赦ない道場である。

「あと、吐くぐらいで騒がないように」

え? 思わず耳を疑った。どこかで僕はまだ楽観視していたのかもしれない。

「最初のうちはよくあることだから。でも、それ以上の異変があったら夜中でもお坊さんを起こして報告すること。ただし、そこまで具合が悪くなる前に帰るように」

厳しく聞こえる忠告は、断食が身体に深く関わることだから。遊び半分で参加しないよう、あえてメリハリをつけてくれているのだ。

「以上! 解散!」

部屋を出ると、僕たち3名は揃って息を吐き出した。そして、遅まきながら自己紹介をはじめる。「どうして断食に参加したのか」という話になるが、その女性は以前にも新勝寺で断食をしたことがあり、明らかに体調が良くなったので再訪したらしい。もう1名は男性で、鍼治療を仕事にしていることもあり、断食が身体におよぼす影響を体感してみたかったという。僕はといえば、「宿便」を見てみたかった。宿便とは断食により腸に長年たまっていた老廃物が排便されることである。

断食道場は男女別。道場といっても断食者が寝泊まりする「寮」といった感じだ。玄関の引き戸を開けると長い廊下が一本。廊下に沿って畳の大広間が広がっている。隅には布団が積んであり、断食者はここで雑魚寝というわけだ。奥にはトイレと洗面所。廊下には本棚と体重計が置いてある。古くて簡素な作りだが、清潔な道場だ。

先輩となる断食者は1名。僕が大広間に入っていくと、布団から体を起こして挨拶してくれた。断食をはじめて2日目らしく、僕と1日しか変わらない。それにしてはあまりにも生気がない。長く話しかけては悪いような気がした。

荷物をおろしてお水を一杯。急須が金属であるせいか鉄の味がして美味しくはない。布団を敷いて自分のテリトリーを確保してしまうと、やるべきこともなくなった。さっそく境内を散策してみることにする。成田山の境内は「山」というだけあってかなりの広さ。東京ドーム3.5個分の庭園があったり、歴史的な御堂や大塔があったり。近代的な仏教図書館や美術館まであり、断食者は無料で入れるので5時間はゆうに過ごせるだろう。

歩き回っていると、さすがに疲れも回ってきた。考えてみれば、最後の食事から40時間以上が経っている。すでに新記録を更新中であり、僕の身体は未曾有の事態に混乱していることだろう。次第に足を動かすのも億劫になってきて、庭園の石の上で座禅を組んでみる。すると、あっという間に2時間が経っていた。

半分は眠っているような状態だったのだが、本当に動けなかったのだ。次第に夕日が迫り、身体も冷えてくる。お腹がぐうの音をあげたところで、ようやく道場に戻ると、消灯はおろか18時の門限時間を前に眠りに落ちた。

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未知の細道 No.67

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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