しかしである。5000枚のレコードの置き場に困っていた岡崎さんは、実家の母が年とったこともあって大子に戻り、まだ営業している実家の床屋にレコード店を併設することを急遽決めたのだった。売上が立つネット通販を主体にし、「店はおまけみたいなつもり」だっという。
帰郷してからわずか3カ月後の2022年12日、古民家レコード『MELLOW』をオープン。母には「うまくいくわけがない」と反対されたが、弟が応援してくれた。「弟の協力がなければ店を開くことはできなかったです」と岡崎さん。店の内装や什器などのしつらえは、DIYが得意な弟がすべてやってくれた。そして母の床屋と息子の中古レコード屋が共存してオープンするという、おそらく日本では唯一無二の経営スタイルが始まったのだった。
「ゆるい感じで始めたんですけどね」
しかし予想外の展開が続いた。おまけのつもりで開いた店だが、開けてみると反響が大きかったのである。「本当にこんなところにレコード屋があるのか?」と噂を聞きつけた近隣のレコード好きたちが、あっという間に『MELLOW』へと集まってきたのであった。
店を始める前は「人口が減り続けているこの町に、レコード好きな人なんているのかなあ……4、5人くらいかな」などとのんびり思っていた岡崎さんだが、「とんでもなかったです!」と笑う。世の中は「レコードブーム」が再燃しており、それは、ここ大子町も例外ではなかったのだ。
お客さんの世代も実にさまざまだ。上はレコード世代の60代、70代から、岡崎さんと同世代の50代や40代の働き盛りの人たち。さらにレコードに興味がある20、30代の若者たち。そして一番下は近所の中学生、つまり10代まで実に幅広い客層なのだという。「レコードに興味がある若者と、レコード世代のおじいさんとか、初めて出会った人たちが、店の中でフラットに話せる」と岡崎さんは言う。居合わせた人たちがレコードを通して繋がっていく瞬間だ。
結局、通販ではなく、実店舗をメインでやっていくことになった岡崎さん。直ぐにさまざまな取材が入り、最初は反対だった母も喜んでくれるようになった。すでに癌だった母は2023年に他界したが、亡くなる3ヶ月前に寝たきりになるまで、10カ月ほどは一緒にお店をやっていたことも、岡崎さんにとっては良い思い出だ。
毎週のようにやってくる近隣のお客さんに加えて、週末ともなれば栃木、千葉、東京など関東一円はもちろんのこと、隣りの福島、遠くは宮城、新潟、静岡からもお客さんがやってくるという。口コミで人気ミュージシャンや、時には外国人のバイヤーなども、わざわざここまで買いにくるというから驚きだ。
「数十年ペーパードライバーだったけど、どうしても『MELLOW』に行ってみたくて、レンタカーを借りて千葉からやってきました、なんていうお客さんもいて、あれは嬉しかったなあ」と岡崎さんは笑って教えてくれた。