冒頭に記したように、僕は試合開始から間もなくじゅんさい摘みの難しさを実感した。じゅんさいは数センチしかないから、一向にバケツが埋まらない。それでも、時間が経つにつれて少しずつコツを掴めてきて、スピードアップ。だんだん楽しくなって、無心で沼を漁っていたら、ふと気づいた。箱舟のなかに、水が! そして、数メートル先の陸地から視線を感じて顔をあげると、大会関係者と撮影のためにこの取材に同行してくれた仲間が僕について話している声が聞こえた。
「遠くから見ていたけど、あまりにも舟が不安定だから心配で見に来たんです」
え!?(笑)
その大会関係者は、なんと大会の会場になっている「阿部農園」のオーナーの息子さんだった。距離が近かったので話を聞いてみると、どうやら僕は間違いをおかしていたらしい。箱舟の横側から沼にアプローチしていたんだけど、前方からが正しいという。確かに、横側からだと沼側に傾く面が大きくなるから、バランスが悪そうだ。
ちなみに、僕は心の奥底にちょっとした芸人気質があって、沼に落ちる「ドボン」をしたらおいしいかも……という邪な思いを持っていた。そこで、「ドボンした人っているんですか?」と聞くと、数年前に一度、大柄な外国人の参加者が乗った舟が「沈没」したことがあるそうだ。阿部さんは僕の質問から鋭くなにかをかぎ取ったように、こういった。
「もし沼に落ちたら、来年のポスターに載るかもしれませんね」
え!?(笑)
一瞬、心が揺れたと正直に告白しよう。実は、万が一に備えて着替えも持ってきていた(別の意味の用意周到)……いや、いかんいかん。ハプニングで落ちるなら面白いかもしれないけど、ポスターに載りたくてわざと落ちるのは邪道だ。「世界王者を目指して秋田まで来たんで!」と伝えると、阿部さんは苦笑した。
「いやいや〜、ムリムリ、これは……『舟が最も不安定で賞』ですね(笑)」
「舟が最も不安定で賞」。当然のように非公式だけど、この時点で半ば優勝を諦めていた僕にとってこれ以上ない受賞だった。阿部さん、ありがとうございます!