「第9回全日本回転寿司MVP選手権」で永田さんが優勝したという情報は、地元秋田のテレビや新聞で報じられた。先述したように、それ以来、お客さんの数が平日は従来の20~30%増、週末は約2倍に増えた。お店の外にも、店内にも永田さんの優勝をアピールするポップが貼られ、太助寿司はフィーバー状態だ。常連さんはもちろん、新規のお客さんも増えているなかで、王者・永田さんの意識も変化している。
「子どもに指をさされたり、大人のお客さんからも視線を感じます。常に見られてるという感覚があるので、お客さんへの対応を今まで以上にちゃんとやらなきゃなって思っています」
……ここまで永田さんの話を聞きながら、取材前に抱いた疑問「なぜ、秋田に2店舗しかない地域密着型の太助寿司から優勝者が生まれたのか?」の答えがイマイチ見えなかった。
熱い気持ちを全面に出すタイプではない永田さんだが、握りも接客も地道に腕を磨いてきたのは伝わってきた。3回連続6位になったことで悔しさが募り、最後の挑戦になる4回目に懸けた想いもわかる。ただ、なにかが足りない、という感覚のまま、なにげなく聞いた話にヒントがあった。
太助寿司の店内は四方の壁に写真が貼ってあり、どれも「誕生日おめでとう!」と記されている。数えてみたところ約200枚、すべてが寿司ケーキの写真だった。永田さんに、「このお店の特徴ってなんですか?」と尋ねたら、「寿司ケーキです」。すべてオーダーメイドで、アレルギーの有無を確認したうえで、予算内で作り上げる。お客さんとの距離が近いローカルチェーンならではのサービスで、「秋田県内には、ほかにやっているところは聞いたことがないですね」。
それもそうだろう。せっかくの誕生日に注文してくれているのだ。年齢や性別も考慮してデザインし、見栄えも味もお客さんの期待に応えなければならない……となれば、店舗側の負担も大きく、気軽にできるサービスではない。
2019年頃からこのサービスを始めた太助寿司。驚いたことに、寿司ケーキ作りを一手に担っているのが、永田さんだった。自身の休日に被る日以外は、すべて永田さんが手掛けているという。
「デザインは大体みなさんお任せなので、寿司ケーキで画像検索する時もあるし、普通のケーキで調べる時もあります。やるからには、ちゃんと見た目重視でやらなきゃっていうのはあるので。創作に近いような感じですね」
多い時には月に3個。店舗内の写真を見たお客さんから「こういうのがほしい」と言われて作ったものは、「見た目が同じだから」と掲載していない。永田さんはお客さんを喜ばせたい一心で、この5年で200個以上の創作寿司ケーキを生み出してきた。それは、いつものように寿司を握るのとはまた違う苦労と努力があったに違いない。この経験が職人として糧になっているのでは? という質問に、永田さんは「はい」と頷いた。
「普段握る時も、それにプラスなにかないかなって考えて、寿司ケーキを作る時に考えたきゅうりの飾り切りを載せたりしています」
僕はこの話を聞いて、確信した。最後の1ピースは、アットホームなローカル店だからこそ生まれた寿司ケーキで培われた創造力だ。創造力は、自由な発想をもたらす。型にはまった技術だけではない鍛錬が、永田さんを日本一に導いたのだ。取材の最後の最後で「これだ!」と思える答えにたどり着いた僕は、「また食べに来ます!」と告げて、店を後にした。