松ぼっくり周辺は、今でこそ飲食店が数軒立ち並ぶが、開業当時はなにもなく「不気味なくらい薄暗かった」。
「こんなところに客が来るのか? と不安はあったよ。米や野菜と違って、ジェラート屋はお客さんが来てくれなきゃどうにもならないからな。周りからも言われたよ。『客こないよ』って」
だがその不安は杞憂だった。開店当初から客は途切れず、初年度の来客数は年間4万人。
大々的な広告は打ち出していないが、珍しさから地元のラジオやテレビの取材が入ったことも大きい。平日でも、どんなに大吹雪の日でも、「お客さんが来なくて困った」と感じたことはない。
「自家製ミルクでジェラートを作るなんて当時はなかったから、珍しかったんじゃねぇかなあ。それに近くにスキー場があったからな、冬でも若い子が来てくれたんだ。あとはやっぱり味だろうなあ。雫石の素材の味を際立たせたいから、多少高くても良い原材料を使ってるんだ」
飛ぶ鳥も落とす勢いで客は増え、わずか4年で年間来客数15万人、販売額約4270万円を達成した。気づけば経営の柱になっていた。
松ぼっくりができて、雫石町に多くの人が訪れるようになった。予想外だったのは、ほかの住民たちも店を開き始めたことだ。蕎麦屋、ピザ屋、喫茶店......ぽつりぽつりと、まちにあかりが灯っていくようだった。
「ジェラート屋がまちおこしのきっかけになったんですね」と言うと、「まあ、かっこよく言えばな」と松原さんは照れくさそうに笑った。